武家屋敷: 旧楠本正隆屋敷

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旧楠本正隆屋敷:略データ
・場 所・長崎県大村市玖島2丁目
・建築年・明治3年(1870)
・構 造・木造平屋建、寄棟造、桟瓦葺
・文化財・住宅:長崎県指定文化財
・屋敷:大村市指定史跡
・指定日・住宅:平成17年(2005)3月25日
・概 要・楠本正隆は天保9年(1838)に肥前藩の藩士である楠本直右衛門正式の長男として生れ、藩校である五教館の監察、頭取等を勤めています。

藩主大村純熈の側近として重用されるようになると藩内の尊皇攘夷派の主要人物となり、「大村藩勤王三十七士」の一人に数えられました。肥前藩の討幕運動でも活躍し明治元年には長崎府判事兼九州鎮撫使参謀助役に抜擢されています。

明治3年に上京すると明治5年に外務権大丞、大久保利通の推薦により新潟県令に就任し、新潟県内にあった様々な問題点を解決し、利通からは「天下随一の県令」と評されています。

明治8年から東京府知事となり、その後は衆議院議員や衆議院議長等を歴任しています。

旧楠本正隆屋敷は明治3年(1870)に肥前藩の武家屋敷の形式を踏襲して建てられた建物で主屋は、木造平屋建(一部二階付き)、寄棟造、桟瓦葺、式台付の玄関や15帖の和室等4間続きの接客用の座敷が配され、向かって左側は台所や居間、土間など家人が日常生活を営む空間となっています。

離れは木造平屋建、寄棟造、桟瓦葺、違い棚付の床の間付の座敷や風呂、便所等、生活空間となっています。

旧楠本正隆屋敷は近世武家屋敷の遺構として貴重な事から長崎県指定文化財に指定されています。

又、屋敷全域が大村市指定史跡に指定されています。

旧楠本正隆屋敷:付近地図
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