福井県・板取宿(茅葺屋根集落)

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【 概 要 】−板取宿(福井県南越前町)は越後国と近江国との国境近くに位置している事から古くから軍事的な拠点として重要視された場所です。板取宿から程近い木の芽峠には西光寺丸城、木の芽峠城、観音丸城、鉢伏城の4つの城郭が設けられました。木の芽城は戦国時代に織田信長の越前侵攻に備えて朝倉家により築かれ、隣接する西光寺丸城と観音丸城は同じく戦国時代に一向宗徒が一揆の拠点として築かれました。鉢伏城は朝倉家が織田家に対して築城され、朝倉家が没落すると一揆衆や織田方が利用し、木の芽峠で何度も攻防戦が繰り広げられていた事が伺えます。越前国が織田方に掌握されると、北陸方面の司令長官に就任した柴田勝家は居城となる北之庄城(福井県福井市)を築き、主家織田信長の居城、安土城滋賀県近江八幡市安土町)との連絡網となる軍道の整備が行われました。江戸時代に入ると、板取宿は福井藩(本城:福井城)に属し北陸道(北国街道)の宿場町として町割りされ、峠側には番所が設置され、人物改めや荷物改めてが厳重に行われました。板取宿は峠を控えていた事から多くの旅人や商人達が休息や宿泊に利用し江戸時代後期には50棟程の家屋が存在しましたが、明治時代中期以降に徒歩による峠越えが減少すると、宿場町としての機能が次第に薄らぎ、昭和50年代に事実上の廃村となりました。現在は僅か数棟の茅葺屋根の古民家が残され、哀愁の感じる山村の茅葺屋根集落の風景を見る事が出来ます。


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