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 皆神神社(熊野出速雄神社)

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皆神神社・神社山門:写真

皆神神社(熊野出速雄神社)

皆神神社(熊野出速雄神社・侍従神社):概要

皆神神社長野県長野市松代町)が何時頃から信仰が始まったのかは判りませんが、皆神山の独特な山姿や時折見せる不思議な自然現象(松代群発地震の震源地に近く、地殻運動による発光現象なども見られたそうです。)、麓には「松井の泉」と呼ばれる清水が湧き出し生活や生産に大きく関わっていた事などにより古代人の素朴な自然崇拝が源になったと思われます。古墳時代には小丸山古墳や牧内古墳群(2基)、南大平古墳(3基:その内の1基が岩戸神社)などが築かれるなど次第に聖地化されていきました。その後、現在、皆神神社の北北西に境内を構える玉依比売命神社と強く関係を持つようになり、社家である小河原氏が明治時代以降に皆神神社と呼ばれる熊野出速雄神社を創建、又は、別当的な役割を担うようになりました。玉依比売命神社は延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載されている式内社で、長野市松代町を代表する古社として御神体として古墳時代の勾玉・管玉が祭られている事から、皆神山に築造された古墳の副葬品とも関係があるのかも知れません。

一方、後年に制作されたと思われる皆神神社の社伝によると、養老2年(718)に出速雄命を祭った事を創建年とし、暗に、「日本三大実録」に記載されている貞観2年(860)2月に信濃国従五位下の位を授かった「出速雄命」が当社であるかのようにしています。しかし、長野県で出速雄命を祭る神社は複数あり資料が少ない事からどの神社かは断定するに至っていません。そういう意味では皆神神社も候補社ではありますが、熊野信仰が浸透する過程で、熊野神の一神である速玉男命との類似性と日本三大実録に記載されている格式の高さをうまく取り入れ後の世に勧請された印象を受けます。※松代町史では皆神神社を産土神と位置付けている為、社伝を尊重する立場をとっているようです。さらに、松代の以前の名称である海津の由来になったとされる会津比売神社の祭神、會津比賣命は出速雄命の御子神とされます。

歴史的に明確になるのは室町時代後期の小河原家吉(供秀)からで、現在皆神神社に残され、往時は本地仏だった大日如来坐像、阿弥陀如来坐像、弥勒菩薩坐像が永正4年(1507)に奉納されています(3躯何れも長野市指定文化財)。この3躯の仏像は、皆神山の山頂を形成する3つの峰(東の峯・中の峯・西の峯)を熊野三山を模してそれぞれの本尊と見立てもので、この時には既に熊野信仰が確立し、さらに、現在の熊野出速雄神社(皆神神社)社殿も同時期である15世紀末から16世紀初頭の建築と推定され、規模からしても皆神山修験の勢力の大きさが窺えます(熊野出速雄神社社殿は長野県の県宝に指定されています)。

家吉(供秀)の跡を継いだ、宥賢は戦国時代に佐久市内にある内山城の城主、内山氏出身の人物とされ、形式上は家吉(供秀)の養子となり熊野出速雄神社(皆神神社)の別当職を受け継いだようです。宥賢は皆神山修験の発展に尽力し、聖護院宮(京都府京都市左京区聖護院中町:日本の修験道における本山派の中心寺院、修験道を統括する総本山)から北信四郡(埴科郡・更科郡・水内郡・高井郡)の修験者行事(取締)に命ぜられ、大日寺和合院や百体、侍従坊などと称しました。 弘治2年(1556)に宥賢が死去すると、正徳年間(1711〜1715年)には侍従天狗坊が与えられ、後継者は引き続き和合院を称して熊野出速雄神社(皆神神社)の祭祀を司り、宥賢を神格化して「侍従坊大天狗明王」として奉斎、さらに慶長6年(1601)には全信州の修験者の総取締に就任するなど大きな権限を得ました。境内は仁王門(現在の随時門)が正面、その直線上に配された侍従坊が本堂と、拝殿を兼ねる施設、その背後の高台に本殿として熊野出速雄神社の社殿があり、最奥地の高所には富士浅間神社が社殿を変えました。明治時代に入ると神仏分離令により別当寺院だった和合院は廃寺となり、侍従坊は侍従神社に社号が改められ、総じて皆神神社となりました。又、別当職だった宥謙は還俗し、水上姓を名乗り松代藩や松代県で文学助教として人材教育に尽力しています。神社山門(随神門)は切妻、桟瓦葺、三間一戸、八脚単層門、内部には随神が祭られています。

長野県の神社山門
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