長野県の神社山門(諏訪大社、生島足島神社など)

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長野県神社山門:一覧

名 称
建築年
内   容
場 所
・皆神神社 皆神神社は熊野出速雄神社、侍従神社、富士浅間神社、嘉佐八郎社など、皆神山で祀られている神社の総称です。皆神山は奇妙な自然現象が多く見られる事から古くから霊山として信仰されてきましたが、、その後は山岳修験の修行場所として繁栄しました。特に熊野出速雄神社が元慶2年(878)には正五位下に列するなど格式が高く主要な存在で、信濃南部の修験場の中心地として繁栄しました。皆神神社の社殿は長野県の県宝に指定されています。長野県
・長野市
松代町
・諏訪大社本宮 諏訪大社は天慶3年(940)に正一位に列した格式の高い神社で、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳では名神大社に格付けされ信濃国一宮として国事の祭事を司りました。諏訪大社の祭神である建御名方神は神話の国譲りの際に建御雷神と力比べをした事から武神として大名や武家の信仰の対象となりました。祭祀は代々神官を諏訪氏が担いましたが、諏訪氏は戦国時代には国人領主化して周辺領主と度々戦乱を繰り返し、宗家は武田信玄により滅ぼされ、諏訪大社も衰退しました。その後、再興し、一族が名跡を継いで高島藩主として復権しています。現在でも境内には数多くの古建築物が現存し文化財指定されています。・長野県
諏訪市
・生島足島神社 生島足島神社は日本全土の守護神、総鎮守として信仰されてきた神社で、創建は諏訪大社を遥かに遡ると伝えられています。延喜式神名帳では名神大社として記載され格式も高く歴代領主からも社領の寄進や社殿の造営が行われました。特に武田信玄が川中島の戦いの際に戦勝祈願が行われ、武田家滅亡の後は領主となった真田家が庇護し、現在残されている生島足島神社摂社諏訪社本殿は真田信之が造営しています。・長野県
上田市
・鉾持神社・元禄年間鉾持神社は養老5年に伊豆神社と箱根神社、三島大社の祭神を合わせて創建した古社です。元暦元年(1184)日野喜太夫宗滋により現在地に遷座し、以来、歴代領主から庇護され特に高遠城の守護神として崇敬されました。現在の鉾持神社本殿は江戸時代中期に建てられたもので、伊那市指定文化財に指定されています。赤門(神社山門)は元禄年間に建てられたもので伊那市指定文化財に指定されています。・長野県
・伊那市
高遠町
・八幡神社・天保14年八幡神社は貞観元年に滋野貞秀が創建した古社で、古くから近郷7郷の総社として信仰されてきました。その後は歴代領主である滋野氏や武田氏、酒井氏、石川氏、牧野氏が庇護し、社領の寄進や社殿の造営が行われました。八幡神社の境内には古建築物が多く、高良社社殿は国指定重要文化財、本殿と随神門(神社山門・楼門)は佐久市指定文化財に指定されています。・長野県
・佐久市
・有明山神社・明治35年有明山神社は信仰の山として知られる有明山を御神体とする神社です。坂上田村麻呂が参拝したとの伝説が残され、中世は長く当地を支配した仁科家の祈願所として崇敬庇護されました。仁科家が戦国時代末期に没落すると衰微しましたが、明治時代に再興が図られ現在に社殿が造営されています。有明山神社随神門(神社山門)は明治35年に造営されたもので、特に日光東照宮の陽明門を模した事から「裕明門」と呼ばれ安曇野市指定文化財に指定されています。・長野県
安曇野市
・刈谷沢神明宮・文明2年刈谷沢神明宮は白鳳年間に伊勢神宮の祭神を祭ったのが始まりと伝わる古社。・長野県
・筑北村
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長野県1戸隠神社筑摩神社松本神社小内八幡神社鳩ヶ嶺八幡神社小菅神社新海三社神社
長野県2皆神神社諏訪大社生島足島神社鉾持神社八幡神社有明山神社刈谷沢神明宮

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