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 神社山門: 富士山本宮浅間大社

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富士山本宮浅間大社

富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市宮町)
【 概 要 】富士山本宮浅間大社は垂仁天皇の勅命により創建した古社です。日本武尊や坂上田村麻呂が社殿を造営し、文徳実録などの古文書にも名を連ねています。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳では名神大社として記載され駿河国一宮に格付けされています。その後も源頼朝や北条義時、駿河・遠江の守護職今川家、武田信玄、勝頼父子、豊臣秀吉、徳川家康が庇護し社領の安堵や社殿の造営が行われました。江戸時代に入ると幕府が庇護し朱印地1129石3斗6升が安堵されています。江戸時代中期以降、一般庶民にも富士山信仰が浸透すると富士山への登拝は当社の参拝が盛んになり社運も隆盛しました。

【 場 所 】静岡県富士宮市宮町

【 構 造 】−入母屋、檜皮葺、三間一戸、八脚楼門

【 備 考 】富士山本宮浅間大社の由緒は概ね江戸時代中期に成立した「富士本宮浅間社記」に頼っているようです。当然、連綿と受け継がれてものを纏めた可能性もありますが、より信仰を集める為に創作した可能性もあります。まず、由緒によると孝霊天皇の御代に富士山が大噴火を起こし大きな被害があった為、長い間大地が荒廃しとされますが、孝霊天皇の在位年を特定する事が出来ないばかりか「欠史八代」と呼ばれ、実在性を疑問視する説があります。富士山の噴火で比較的正確と思われるものは鎌倉時代に成立した「走湯山縁起」で清寧天皇3年に「富士浅間山焼崩」の旨が記されています。清寧天皇の在位年は不詳ですが概ね5世紀とされる為、この頃に形ある信仰形態が成立したのかも知れません。日本神社100選

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