栃木県の神社山門(日光東照宮・二荒山神社など)

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栃木県神社山門:一覧

名 称
建築年
内   容
場 所
備 考
・日光東照宮・寛永13年日光東照宮は徳川家康の御霊を祀る霊廟として知られ、3代将軍徳川家光が多くの社殿、堂宇を造営しています。家康の遺言では小さな祠程度にしなさいと残していましたが、2代将軍徳川秀忠はある程度遺言に従い、初代将軍にしてはやや控えめな社殿を造営しました。しかし、家光は遺言を完全に無視し、当時の建築、土木の最高技術を投入して造替を行い、左官、彫刻、書画、書画などの文化芸術の最高峰がそれらを彩りました。戊辰戦争の際には攻撃の対象、明治時代初頭には神仏分離令と何度も危機が訪れましたが、存続が認められました。日光東照宮の本殿、石の間及び拝殿(1棟)、正面及び背面唐門(2棟)、東西透塀(2棟)、陽明門、東西回廊(2棟・附:潜門)の8棟が国宝に指定され、殆どの建物が国指定重要文化財に指定されています。栃木県
・日光市
国宝
・二荒山神社 二荒山神社は神護景雲元年に勝道上人が信仰の山として知られていた二荒山を祭る為に祠を設けて創建しました。格式が高く貞観11年(869)には正二位勲四等に列し、延喜式神名帳では名神大社として格付けされました。戦国時代には小田原北条氏に属した為、豊臣秀吉により北条氏が滅ぼされると、庇護者を失い衰微しましたが江戸時代に入ると徳川家康の側近として知られる天海大僧正が再興し、さらに、徳川家康が日光東照宮に祀られるようになると、幕府から庇護され社運も隆盛し壮麗な社殿が造営されています。二荒山神社の多くの社殿は国指定重要文化財に指定されています。・栃木県
・日光市
 
・滝尾神社元禄10年滝尾神社は弘仁11年に空海上人が霊山として知られる女峰山の山頂に田心姫命(滝尾権現)を祭り創建しました。女峰山は日光三山として人々から信仰され、それぞれが愚見化した神社は日光三社として崇敬庇護されました。特に徳川家康が日光東照宮に祀られるようになると、周辺一帯は幕府から庇護の対象となり社運も隆盛しました。滝尾神社は往時は神仏習合していましたが、明治時代の神仏分離令により仏教色が一掃され、仁王門は仁王像が外され改めて随神を祀る随神門(神社山門・楼門)に転じました。・栃木県
・日光市
国指定
・二荒山神社
中宮祠
・元禄14年二荒山神社中宮祠は男体山の麓、中禅寺湖の畔に位置し、山頂の奥宮と、日光山内に位置する本社の中間である事から中宮祠と呼ばれました。元禄14年に造営された本殿、拝殿、中門、掖門及び透塀、鳥居(3基)は国指定重要文化財に指定されています。・栃木県
・日光市
国指定
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栃木県1日光東照宮二荒山神社滝尾神社二荒山神社中宮祠
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