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 神社山門: 太平山神社

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太平山神社

太平山神社(栃木県栃木市平井町)

太平山神社(栃木県栃木市平井町)

【 概 要 】太平山神社は淳和天皇の勅願で慈覚大師が創建した古社です。天皇の祈願所として崇敬庇護され社運が隆盛しました。古くから神仏習合し、最盛期には80余寺の摂社、末寺があったとされ、その影響力から戦国時代には度々戦乱に巻き込まれ兵火によって大きな被害を受けています。江戸時代には幕府から社領50石が安堵されますが往時の繁栄には至らなかったとされます。随神門(神社山門)は江戸時代中期の楼門建築で栃木市指定文化財に指定されています。

【 場 所 】栃木県栃木市平井町

【 構 造 】−入母屋、銅板葺き、三間一戸、八脚楼門・唐破風、銅板葺き、一間一戸、勅使門

【 備 考 】−太平山神社の由緒は「諸神座記」、「太平山開山記」など多数あるそうですが、由緒の成立時期は良く判りませんでしたが、周辺からは弥生時代の祭祀遺跡が存在し、祭祀に利用したと思われる遺物が発見されている事から古代人の素朴な自然崇拝が前身の神社かも知れません。太平山神社を紹介するサイトには祭祀遺跡の存在や祭祀遺物が出土したので記述が多く見られますが、具体的にどの様なものだったのかは記載されておらず詳細は不詳、せめて遺跡の規模や遺物の種類などが判れば想像する事が可能なのですが全く判りません。太平山の山容も所謂「神奈備型」のような印象的な景観をしている訳でも無く、積極的に信仰の対象になる別な理由があるかも知れません。特に、太平山は元々三輪山と呼ばれ、当社も大神神社と号していたようで、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に都賀郡に鎮座する式内社(小社)として記載されている大神神社の論社とされ、大和朝廷からの政治的な背景も推察されます(※大神神社の論社は他に栃木県栃木市惣社町に鎮座する大神神社がありますが、あくまで下野国の惣社である事から当社の方が有力とされます)。慈覚大師円仁については栃木県の壬生町や岩舟町が生誕地である説が有力な事から、高僧になった後も下野国と関わりがあった可能性もあり、全く否定出来ないものがあります。

栃木県の神社山門
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二荒山神社滝尾神社二荒山神社中宮祠
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