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 神社山門: 二荒山神社中宮祠

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二荒山神社中宮祠

二荒山神社中宮祠(栃木県日光市)

二荒山神社中宮祠(栃木県日光市)

【 概 要 】−二荒山神社中宮祠は男体山の麓、中禅寺湖の畔に位置し、山頂の奥宮と、日光山内に位置する本社の中間である事から中宮祠と呼ばれました。元禄14年に造営された本殿、拝殿、中門、掖門及び透塀、鳥居(3基)は国指定重要文化財に指定されています。

【 場 所 】栃木県日光市中宮祠

【 構 造 】−入母屋、銅瓦棒葺き、三間一戸、八脚単層門・向唐門、銅瓦棒葺き、一間一戸

【 備 考 】二荒山神社は最初に二荒山(日光山=男体山)の遥拝所として現在の本宮神社の境内付近に祠(後の本社)が設けられ、その後、勝道上人が二荒山の登頂に成功した事で山頂に祠(後の奥宮)が設けられ、最後に登拝口となる現在に中宮祠が創建されました。同時期に創建された別当寺院(神宮寺)である補陀洛山中禅寺とは関係が深く当社も「中禅寺権現」とも呼ばれました。「二荒山碑」や「補陀洛山建立修行日記」、「中禅寺私記」によると、勝道上人は延暦3年(784)に弟子である道珍らと中禅寺湖を舟で巡り、湖畔に神宮精舎を創建し中禅寺を名付け、その隣に権現(日光山権現・※後の二荒山神社中宮祠)の社殿を建てた事が記載されています。勝道上人は中禅寺で4年間修行した後、延暦7年(788)に湖の北岸に、さらに南岸に遷り五大尊堂を建立し、しばらく湖上に浮かぶ小島で暮らしたそうです。中宮祠と中禅寺は正に神仏習合し、中宮祠には二荒山の祭神である大巳貴命(大国主命)が祭られ、中禅寺にはその本地仏である千手観音(十一面千手観音・国指定重要文化財)が安置されました。明治時代の神仏分離令により形式的には分離が行われ、さらに、明治35年(1902)に大規模な山崩れが発生し中禅寺側の境内が土砂により中禅寺に押し流され壊滅的な被害を受けています。中宮祠は奇跡的にも被害が少なく、江戸時代中期に造営された社殿群が残されています。

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