栃木県の神社山門(賀蘇山神社・高椅神社など)

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栃木県神社山門:一覧

名 称
建築年
内   容
場 所
備 考
・賀蘇山神社 賀蘇山神社は日本三代実録と呼ばれる古文書に記載されている古社で従五位下に列するなど格式も高い神社でした。その後、神仏習合し、背後の尾鑿山(石裂山)が修験の場として多くの修験僧を受け入れ拠点として栄えました。特に尾鑿山(石裂山)は女人禁制の霊山だった事から当社は女人堂的な役割を持ちました。歴代領主からも崇敬庇護され小野道綱も参拝に訪れています。現在も遥拝殿が残されており鹿沼市指定文化財に指定されています。栃木県
鹿沼市
・入粟野
 
・尾出山神社 尾出山神社の創建は不詳ですが、勝道上人が開いたとされる尾出山を祀る神社です。寛政12年に記された「下野神名帳」によると「正一位尾出山大明神」と記載されている事から格式の高い神社だった事が窺えます。例祭に奉納される獅子舞は関白流を名乗る一人立三匹の風流系獅子舞として知られ鹿沼市指定無形民俗文化財に指定されています。尾出山神社の神社山門は山門とも長床とも拝殿とも思える建物で異彩を放っています。・栃木県
・鹿沼市
 
・高椅神社明和7年高椅神社は景行天皇41年に日本武尊が創建した古社で、天武天皇12年に高橋朝臣が社殿を再建したとされます。延喜式神名帳には式内社として記載されていた事から古くから格式の高い神社として知られていました。中世に入ると、領主である結城氏が代々庇護し、慶長5年に福井藩に移封し松平姓になった後も例祭の際には代参を派遣し関係を維持しました。高椅神社神門(神社山門)は江戸時代中期に建てられた楼門形式の建物で栃木県指定文化財に指定されています。例祭に奉納される「高椅神社神楽」は小山市指定無形民俗文化財に指定されています。・栃木県
小山市
県指定
・須賀神社 須賀神社は天慶3年に藤原秀郷が平将門を討伐する戦勝祈願する為に創建した古社です。中世に入ると、藤原秀郷の後裔を自称し、長く当地を支配した小山氏が庇護しましたが、戦国時代に小田原北条氏に与した為、天正18年(1590)に豊臣秀吉により北条氏が滅ぼされると小山氏は没落し、須賀神社も庇護者を失い衰微します。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いの際、小山に布陣した徳川家康は須賀神社に戦勝祈願し、見事念願成就した事から神意に感謝し社領を寄進するなど庇護し、江戸時代の歴代将軍も追認しました。・栃木県
・小山市
 
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