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 神社山門: 冨士御室浅間神社

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冨士御室浅間神社

冨士御室浅間神社(山梨県南都留郡富士河口湖町)

冨士御室浅間神社(山梨県南都留郡富士河口湖町)

【 概 要 】−冨士御室浅間神社は文武天皇3年(699)に藤原義忠によって創建された古社です。その後、富士山の大噴火の影響で大破し、坂上田村麻呂により再建されています。天徳2年(958)に村上天皇の勅命で里宮が造営され、その後は歴代領主から庇護の対象となっています。特に甲斐国守護職となった武田家の祈願所として崇敬が篤く社殿の修復などが行われています。江戸時代に入ると、谷村藩の藩主鳥井家の庇護となっています。現在の本殿は江戸時代初期に建てられたもので大変貴重な事から国指定重要文化財に指定されています。世界文化遺産。

【 場 所 】山梨県南都留郡富士河口湖町勝山

【 構 造 】−入母屋、銅瓦棒葺き、三間一戸、八脚単層門・切妻、銅板葺き、一間一戸、四脚門

【 備 考 】−参拝に訪れた時、2つの神社が対面して配されていた事から大きな違和感を感じ、後で調べると、富士山2合目にあった本社社殿を現在地である勝山の地にあった里宮の境内に移築した事が判りました。富士山2合目に行った事はありませんが、本来その場所に祭る必要性があったはずなのに様々な理由で当地に遷されたようです。神様にしてみれば、富士山が爆発すれば人間の都合で噴火を鎮める為に祭られ、維持出来なくなれば里に下ろされ、忙しい事です。個人的な意見では、里宮より奥宮の方が格式が高い印象がありましたが、現在の参道からの動線により里宮の方に参拝者が流れ、奥宮の方に参拝する人がまばらに感じました。神社山門は奥宮、里宮それぞれに配され、奥宮の方は朱塗りの神式風の意匠、里宮は単層門で仏式風の意匠で対比が面白いです。

山梨県の神社山門
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