長野県・飯山市・英岩寺

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【 概 要 】−英岩寺は永仁年間(1293〜99)に開山しました。当初は天台宗の修験道場でしが、泉重信(飯田城の城主)の菩提寺になると歴代泉家から庇護されます。泉家は信濃源氏の後裔とされる泉親衡を祖とする名族で鎌倉時代初期から戦国時代まで当地を支配しました。尾崎泉家は戦国時代には上杉謙信(春日山城の城主)に属した為、度々武田信玄(躑躅ヶ崎館の城主)との抗争に巻き込まれ英岩寺も兵火にさらされたと思われます。謙信が死去すると越後を二分する家督争いが起き上杉家の勢力が大きく後退、その際、尾崎泉家も越後へ移ったようで英岩寺は外護を失い衰退します。文禄4年(1595)、通庵寿貫和尚(高源院七世:高源院は尾崎泉家の縁の寺院)によって中興され当初に号した江岸寺から寺号を栄巌寺へと改称し、さらに安永年間に英岩寺と改称しています。境内には安政3年(1856)に再建された本堂の他、地蔵堂、荒神堂、観音堂、神農堂、大石(以前は「永仁五年六月平氏敬白」の銘がはっきりと読み取れた。下から清水が湧き出て眼病に御利益があると伝えられています)、東溟山人の墓、小島弥太郎(上杉謙信の家臣、川中島の戦いで大怪我を負い、当地で自刃したとも。ただし、小島弥太郎は主に軍記物でしか記載されていない為実在を疑問視されています。)の墓などがあります。いいやま七福神の福禄寿、案内板によると「福禄人とも言い、幸福と封禄、長寿を兼ね備える中国の福神です。一説には南極星の化身とも言われ、頭は長く、背は低く、立派なあごひげをたくわえた年齢千年の仙人です。長寿のしるしである鶴と亀を従え、経巻を結んだ杖をついた姿で表わされています。日本では、室町時代以後、七福神の一神に加えられました。」とあります。

英岩寺(飯山市):周辺の見所

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