長野県・長野市松代町・大鋒寺

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【 概 要 】−真田信之は高齢になってからも、幕府からの要請で松代藩主を隠居する事が出来ず明暦2年(1656)、91歳になってようやく、60歳になった2男真田信政に家督を譲る事が出来ました。信之は居城である松代城の城下から離れた当地(柴村)を隠居所に定め政務から離れ僅かな家臣と共に隠遁しましたが2年後の万治元年(1658)、信政が死去した為、幼少だった3代藩主真田幸道(信政の5男又は6男とも)の後見人となり再び復帰しました(信政は子宝に恵まれたものの、長男信就は別家を創設、3男信武は2男信守と口論になり刺殺、信守はこの責から自刃、4男信福は早世した)。しかし、3代目就任前には御家騒動(幸道は幼少だった事から信政の兄である真田信吉の家督を継いだ信利が異論を唱えた)など心労が重なり同年に死去、享年93歳でこの世を去ると、遺言により幸道(幼少だった事から事実上家臣達の合議の上、藩が決定実施)が隠居所に霊屋を造営し、墓守寺として信之の戒名「大鋒寺殿徹巌一当大居士」に因み大鋒寺を創建しました。現在ある霊屋はその当時のままで桁行3間、梁間5間、宝形造、元茅葺(現金属板葺き)、内部は外陣、内陣に分かれ、内陣奥にある奥の間には須弥壇が設けられ本尊である阿弥陀三尊と厨子(信之像安置)、信政画像、8代幸貫像が安置されています。又、境内には信之の墓も残され荼毘に付した灰塚の地に宝篋印塔が築かれています。「大鋒寺真田信之霊屋」は平成7年に長野市指定重要文化財に、「真田信之の墓」は昭和42年に長野市指定史跡にそれぞれ指定されています。
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大鋒寺(長野市松代町):周辺の見所

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