長野県・信濃町・小林一茶旧宅

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【 概 要 】−小林一茶は宝暦13年(1763)に北国街道の柏原宿(長野県上水内郡信濃町柏原)に農家の子供として生まれましたが幼少の頃に母親を失い、継母とはうまく生活出来なかった為、14歳になると江戸に奉公に出されました。江戸では小林竹阿に師事し俳諧を学ぶその才能を開花させ寛政3年(1791)と享和元年(1801)に一時故郷に戻ったものの、殆どが俳諧の修行の為、全国を訪ね歩きました。50歳で帰郷した一茶は父親の遺言により北半分を一茶、南半分を弟が受け取り、街道沿いにあった主屋は間仕切りを設けて分けて暮しました。その後、「きく」と結婚し4人の子供をもうけるも何れも幼少時に早世し、「きく」も通風をこじらし死去しました。一茶62歳の時に「田中雪」と再婚するものの半年で離婚、文政9年64歳の時に「やを」と再々結婚し長女「やた」をもうけるも生まれる前の文政10年に宿場の火災に類焼し家屋は焼失、一茶は敷地奥にあった土蔵(切妻、茅葺、間口3.5間:6.2m、奥行2.2間:4.2m)で暮らし、そこで死去しています。永眠享年65歳、戒名「釈一茶不退位」。その後、弟は寄棟、茅葺、桁行4.5間(8.1m)、梁間4.5間(7.3m)の町屋を再建しています。小林一茶旧宅跡は昭和32年(1957)に国指定史跡に指定されています。周囲には小林一茶縁の諏訪神社や菩提寺である明専寺などがあり一茶の句碑が建立されています。
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