長野県・戸隠神社・中社

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【 概 要 】−戸隠神社中社は天暦3年(949)に奥社の相殿として勧請されました。祭神の天八意思兼命はで神話によると饒速日命が天磐船に乗って天降りし河内国(現在の大阪府交野市付近)の河上の地に降り立った際、随行した32柱のうちの1柱で、知恵を司る神として英知に富、「天の岩戸神話」では天照大神が岩戸に隠遁し世界が暗闇に包まれた際、岩戸神楽を考案し天照大神を誘き出す策を指南したとされ特に学業成熟、家内安全、営業隆昌、開運守護に御利益があるとして信仰の対象となりました。寛治元年(1087)に奥社の境内から現在地に遷座し、奥院宝光院、中院による3院制となり戸隠山発展の一翼を担いました。平安時代末期から神仏混合し主祭神と共に本地仏となる釈迦牟尼仏も同時に祀られるようになり、最盛期には中院坊舎として12院(宝蔵院・正智院・寿教院・行勝院・摂善院・宝道院・十輪院・徳善院・覚照院・智泉院・枩樹院・宝泉院)を擁し寺運も隆盛しました。戦国時代には上杉謙信と武田謙信との戦の舞台にもなり、その兵火により多くの社殿、堂宇が焼失し一時衰退しますが、江戸時代に入ると幕府から庇護され再興しています。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され、現在の社号である戸隠神社中社に改められ国幣小社に列しています。御神木である三本杉には「八百比丘伝説」の由来があり伝承によると「若狭国の漁師が人魚を殺害し、その肉を自宅に持ち帰りました。若狭国では人魚の肉を食べると不老不死になると信じられていた為で、漁師も暇を見て食べようと思っていました。翌日、漁師が海に出ている間、3人の子供達は腹を空かしていた事もありその肉を全て食べてしまいました。漁師が帰って見ると、子供達の体から鱗が生え人魚の姿となり冷たくなっていました。漁師が悲しみにくれていると、戸隠大権現の化身が出現し、戸隠山に詣で三本の杉の苗を植え、戸隠三社の御庭草を八百日踏んで悔い改めれば救われるだろうと告げました。漁師はその御告げに従い出家して戸隠山に入り生涯、戸隠大権現に仕えたと伝えられています。祭日・祈年祭:5月14日・例大祭:8月14日・新嘗祭:11月22日。

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戸隠神社中社(長野市):周辺の見所

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