長野県・佐久市・蕃松院

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【 概 要 】−大梁山蕃松院の創建は不詳ですが当初は明法寺と称し現在より西方にありました。その後、兵火により衰退しましたが天正8年(1580)儀山げん孝大和尚(宝積寺第9世:群馬県甘楽町小幡)によって曹洞宗に改宗開山しました。天正11年(1583)、依田信蕃(武田信玄→勝頼→徳川家康家臣、小諸城主、春日城主、田口城主)が大井行吉が守る岩尾城を攻めた時に受けた傷により死去、享年36歳、戒名「蕃松院殿節鼠叟良?大居士」、跡を継いだ松平康国(依田康国、徳川家家臣、信任が篤く、松平姓と家康の「康」の字が与えられた。)が改めて小諸城主になると父親である信蕃の菩提を弔う為、居館(田口城)跡の麓にあたる現在地に移し戒名から寺号を明法寺から蕃松院と改称し境内を整備しています。天明6年(1786)から田野口藩主松平(大給)家の領内菩提寺となり本堂には歴代藩主の位牌が安置されています。現在の本堂は文政5年(1822)に再建されたもので寺院建築としては佐久地方屈指の規模を誇り彫刻なども多彩で見ごたえのある建物です。仁王門は明治時代初期に新井良音大和尚(第21世)が建てられたもので、八脚2重楼門、三間一戸、入母屋、桟瓦葺き、下層には仁王像安置、上層部には高欄が廻り、外壁は真壁造り板張。境内にある岩壁に彫刻された磨崖青面金剛は、佐久市有形文化財に指定されています。又、本堂には依田信蕃の位牌、本堂背後の高台には苔むした信蕃の墓碑(五輪塔)が建立されています。

蕃松院(佐久市):周辺の見所

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