長野県・塩尻市・郷福寺

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【 概 要 】−郷福寺の創建の不詳で中世は桔梗ヶ原の中央にあった池の坊という地名に境内を構えていました。天文年間(1532〜53)の武田信玄(躑躅ヶ崎館の城主)の信濃侵攻の兵火で境内全てが灰燼に帰し衰退を余儀なくされます。慶長17年(1612)、憲快法師が当地に境内を遷し再興、寺号を桔梗山郷福寺に改称しています。その後、延宝4年(1676)に中興し、延宝4年(1676)に智積院(京都府京都市東山区)7世能化運敞僧正により教化され真言宗智山派に転じています。文政4年(1821)の郷原宿大火に類焼し焼失し多くの堂宇、寺宝、記録などを焼失し文政6年(1823)に庫裏を嘉永7年(1854)に本堂を再建しています。又、境内には郷原宿(北国西街道の宿場町、正式の本陣や脇本陣は無く、身分の高い人物は大庄屋などを歴任した赤羽家を利用した。家屋は江戸末期で72軒。)で3箇所あった井戸の1箇所で「郷原の区画割と古井戸」として昭和45年に塩尻市指定史跡となっています。

郷福寺(塩尻市):周辺の見所

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