長野県・朝日村・光輪寺

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【 概 要 】−光輪寺は天平年間、行基(奈良時代の高僧)により開山したとされます。境内地は木曽義仲(源頼朝、義経の従兄弟)が生母である小枝御前と一緒に住んでいたとの伝承が伝わる場所で、承4年(1180)には義仲が弘法大師空海(平安時代初期の高僧)が祭った古薬師(弘仁年間)を現在地に移し中興開山し堂宇を造営すると平家討伐の戦勝祈願を行っています。その後は、歴代領主から信仰され江戸時代には黒印36石を給わっています。現在の薬師堂は宝暦10年(1760)に建てられたもので入母屋、茅葺、桁行5間、梁間4間、正面に一間向拝が付いているもので、建物前方2間は吹き放しの外陣としてその奥が壁がある内陣となっています。向拝部分は獏や唐獅子、力士(天邪鬼)など繊細な彫刻が多数施されて内陣には本尊である薬師如来像(鎌倉後期から室町初期作、像高:68cm、朝日村指定文化財)や脇侍である光菩薩・月光菩薩立像(像高:95cm、檜材、一木割矧ぎ造り、長野県宝)、四天王像(鎌倉後期から室町初期作、持国天:像高164cm・広目天:像高170cm・増長天:像高154cm・多聞天:像高154cm)など多くの仏像が安置されています。寺宝には仏像の他、木曽義仲の位牌や書状を所有し、境内には全国の霊場を模した数多くの石仏や、義仲縁のしだれ桜(推定樹齢400年)など古寺の雰囲気が感じられます。
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