阿賀町・平等寺(薬師堂)

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【 概 要 】−平等寺は新潟県東蒲原郡阿賀町岩谷に境内を構える古寺です。平等寺の創建は平安時代末期の長徳元年に当時の陸奥鎮守府将軍平維茂(今昔物語集によると平貞盛の弟陸奥守平繁盛の孫で上総介平兼忠の子供。平貞盛の養子。長野県上田市別所では維茂は鬼女紅葉との戦いで17ヶ所の傷を負い別所(別所温泉)の地で死去したと伝えられています。)が開基したと伝えられています。維茂がこの地へ訪れた時、川の中で光るものを見つけ、拾い上げると像高一寸八分の黄金色に光る薬師如来像だったそうです。維茂は仏意と悟り付近の高台に薬師堂を建立し薬師如来像を安置し「平氏の郎党を弔う」の意味から寺号を「平党寺」としたのが始まりとされます。しかし、鎌倉時代に入ると、寺号が「平党寺」では源氏の政権である鎌倉幕府から目を付けられる恐れがある為、平等寺に改めたそうです。その後平等寺は廃れてしまいましたが、室町時代の永正年間に住職である永源が復興に尽力し永正14年に現在の平等寺薬師堂を建立するなど再興します。江戸時代に平等寺は再び荒廃し、万治3年に骨岩道徹和尚が改宗開山し曹洞宗の寺院に再興されます。平等寺薬師堂は寄棟、茅葺屋根で桁行き3間、梁間4間、意匠や組物など室町時代中期の禅宗様の特色が見られる建物で、薬師堂内部には元亀、天正から元和年間に参拝者によって書かれた落書きがあります。中には天正6年に上杉家(上杉景勝と影虎)の後継者争いによって勃発した「御館の乱」で、武力介入し敗れた芦名家の家臣のものあり歴史的にも価値があるそうです。平等寺薬師堂は大正12年に国指定重要文化財に指定されています。 又、境内の隣地には平維茂の墓域に植えられたと伝わる「将軍杉」があり平維茂伝説を補完しています。

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