新潟県・糸魚川市・水保観音堂

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【 概 要 】−水保観音堂の創建は大同元年(806)に弘法大師空海が開山し、坂上田村麻呂が草創したといわれています。日吉神社とは神仏混合で最盛期には吉祥院の庇護のもと七堂伽藍を備た大寺院でした。周囲に大きな影響力を持っていましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により寺院が配され日吉神社と観音堂だけが残され、現在は宝伝寺の境外仏堂となり周囲の信者によって管理されています。特に本尊である十一面観音は身をもって集落の火災を防いだという伝説が残っていて火伏の観音さまとして信仰の対象となっています。観音堂には棟札が残されていて明和5年(1768)に建てられ、棟梁が倉若七右衛門、脇棟梁が宮原与右衛門、下役が小杉久右衛門だったことがわかっています。5間四方の寄棟造り、元茅葺(現、金属板葺き)で中世の密教寺院建築の特徴を残し地域に残る修験道場の遺構としても貴重な存在です。寺宝には大正12年に国重要文化財に指定された「木造十一面観音立像」(平安時代中期〜後期の作と推定、桜材の一木造、頭部の天冠台には様々な表情をした十一面が墨書、像高1.548m、鉈彫り、33年に一度の開帳)や男神像(2躯、室町時代作と推定、像高27p、23.5p)や鋳銅製鰐口(貞享3年作、鋳師:高田土肥藤右衛門藤原朝臣家次、施主:糸魚川高野清右衛門季林敬白)などがあります。又、観音堂には鎌倉時代に佐渡に流され本間一族に惨殺された日野資朝の子供阿新丸が観音堂の霊力を受け父の敵を討ち果たし父の遺骨を境内に埋葬したという伝説があり資朝の墓もあります。

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水保観音堂(糸魚川市):周辺の見所

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