新潟県・上越市・圓田神社

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【 概 要 】−圓田神社は何時頃から祀られているのは判りませんが、大己貴神により創建と伝わる古社です。伝承によると天武天皇5年(676)に大己貴神は高志(越国:越前国・越中国・越後国=現在の福井県、石川県、富山県、新潟県の範囲)を開発する為に圓田沖から船で乗り付け龍ケ峰に繋ぎ山頂に一祠を設けたとし、この祠が圓田神社になったと伝えられています。伝承通りとすれば、現在は内陸部に位置する境内も、当時の海岸線はかなり抉れて近くまであったのかも知れません。又、創建時の鎮座地で、船を繋いだとされる龍ケ峰も、これを名称とする山は現在には存在せず、近くにある米山が標高:993mの秀麗な山で「越後富士」の異名がある事からこちらに祭られていたのかも知れません。全くの推論ですが、祭神の國常立尊は北極星を司る神である事から妙見信仰と深く結び付き、妙見信仰の本地仏は薬師如来である事から、米山の山頂に薬師如来が祀られるようになり日本三大薬師に数えられる米山薬師が発生したのかも知れません。その後は朝廷の勅使が巡察した際は必ず幣帛を献上するようになったとされ、延暦16年(794)には坂上田村麻呂も参拝に訪れています。坂上田村麻呂は延暦7年(788)に越後介、延暦9年(790)に越後守に就任している事から多少の真実味がありますが、延暦13年(794)の東夷東征の主戦場は陸奥国、現在の岩手県や宮城県なので戦略的に当地に進駐する可能性は低いかも知れません。平安時代に成立した延喜式神名帳に式内社として記載された圓田神社は当社の事とされますが、一方、上越市名立区丸田に鎮座する圓田神社も式内社を由緒としており、御互い決定的な資料が無い事から両社とも論社に留まっています。

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