新潟県・上越市・菅原神社

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【 概 要 】−菅原神社が何時頃から祀られているのかは判りませんが「神社明細帳」によると天武3年(675)、「菅原神社取調書」によると文武3年(699)に成立したと記載されています。境内には5世紀後半から6世紀始め頃に築造された全長約30mの前方後円墳(新潟県指定史跡)を中心に108基(現在は約30基)の古墳群が点在している事から、古墳の主と思われる豪族(頸城地方を支配した首長)の祖神が勧請されたのが当社の始まりとされ、信仰もかなり早い段階から祭祀が始められていたと推定されています。社号は、当地が湿地帯で菅の群生地があり菅原(すがはら)と呼ばれていた事に起因したとされます。菅原道真の子供とされる菅原道雄が越後の郡司として赴任すると、当社の祝を兼務し、その際に菅原道真の分霊が勧請され、以後、菅原天神と呼ばれるようになったとも云われています。平安時代に成立した延喜式神名帳に式内社菅原神社は当社の事とされ、古くから当地の産土神、鎮守として信仰されました。歴代領主や為政者からも庇護され、鎌倉時代には幕府執権北条時頼により境内地が寄進されたという伝承が残り、村町時代には越後守護上杉家の祈願所として貞治5年(1366)に社領200石が寄進されています。江戸時代に入った慶長9年(1604)には春日山城の城主堀秀政の家老堀直政が社領2反歩を寄進、慶長14年(1609)には同じく堀直政が社領2石5斗を寄進、元和8年(1622)には高田藩(本城:高田城)の藩主松平忠昌から3石1斗2升を寄進しています。江戸時代まで菅原天神と称していましたが、明治時代の神仏分離令を経て旧社号である菅原神社に復しています。

菅原神社(上越市):周辺の見所

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