新潟県・見附市・椿沢寺

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【 概 要 】−秘密山正音院椿沢寺の創建は和銅年間(708〜715)に行基が開山したとも大同2年(807)常尊上人が、阿弥陀三尊を自ら彫り込み開山したとも伝わります。越後三十三観音霊場第十六番札所として寺運が興隆し最盛期には七堂伽藍の大寺院として境内には8カ寺を擁していたそうです。戦国時代末期、上杉謙信の祈願所となり何度も祈願に訪れたそうで寺領だけでなく枕屏風、仏画、陣銅羅、茶がめなどを寄進しています。謙信の後を継いだ上杉景勝は慶長3年(1598)に居城を春日山城(新潟県上越市)から会津黒川城(福島県会津若松市)に移封となり、庇護者を失った椿沢寺は一時衰退したと思われます。その後再興されると、長岡藩(本城・長岡城)から庇護され、表ざたにはならなかったものの、御家騒動があったとされ、初代藩主牧野忠成の弟である牧野秀成が椿沢寺に寛永6年(1629)に幽閉され8年後に暗殺されたと伝えられています。一般的には寛永8年(1631)には牧野忠成3男牧野朝成は信州上田にて早世した事になっていますが、やはり、椿沢寺で幽閉され当寺で亡くなったとの伝承が残され、長岡藩の創世時にはかなりの混乱があった事が窺えます。寺宝には上杉謙信が寄進した品々の他開祖行基が自ら彫り込んだと伝わる千手観音像を所蔵しています。境内には長岡藩主牧野忠成の異母弟秀成の墓碑があります。

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