新潟県・村上市・耕雲寺

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【 概 要 】−耕雲寺の創建は応永元年(1394)に楠正成のも孫(三男正儀の子)とされる傑堂能勝禅師が創立し現在の福井県にある滝沢寺の住職り梅山聞本禅師が開山したと伝えられています。耕雲寺からは名僧、学識者など多くの人材を輩出、歴代領主から庇護されて寺運が栄え雲洞庵(南魚沼市)種月寺(新潟市)慈光寺(五泉市)と共に越後四ケ道場の一つに数えられその筆頭になるなど隆盛を極めました。雲洞庵は耕雲寺住職傑堂能勝禅師の法嗣の顕窓慶字を招いて再興、種月寺は越後守護職上杉房朝が耕雲寺3世南英謙宗を招いて開山、慈光寺は神戸太良最重が耕雲寺の住職傑堂能勝禅師を招いて中興しています。耕雲寺の最盛期には七堂伽藍に100名を超える僧侶が修行に励み直末80ヵ寺、孫末367ヵ寺を数えました。戦国時代になると耕雲寺は阿賀北衆と呼ばれた国人領主達と関係を深め、法要などを行うと共に多大な寺領を寄進されるようになり、嘉吉元年(1441)には黒川為実が3世南英謙宗を招いて菩提寺である高徳寺を開山、文明2年(1470)には竹俣清忠が5世徳嶽宗欽を招いて菩提寺である宝積寺を開山、永禄6年(1509)には加地春綱は8世固剛宗厳を招いて菩提寺である香伝寺を開山、大永7年(1527)には鮎川氏が8世固剛宗厳を招いて菩提寺である普済寺を開山、天文元年(1532)には色部勝長が10世大沖玄甫を招いて菩提寺である千眼寺を開山(資料には色部長間が開基となっていますが、長間は天文22年:1553年に生まれている為に勝長と思われます)、天文9年(1540)には本庄繁長が11世三心宗伊を招いて菩提寺である長楽寺を開山しています。耕雲寺は江戸時代に入ると幕府から10万石の格式を与えられ、歴代村上藩主(本城:村上城)から150石の寺領が安堵されました。明治19年(1886)に火災で堂宇が焼失して唯一残された元禄15年(1702)建築の鐘楼門が村上市指定有形文化財に指定されています。

耕雲寺(村上市):周辺の見所

旧若林家住宅 諸上寺 村上城 耕雲寺 光徳寺 浄念寺 石船神社 西奈彌羽黒神社 藤基神社 千眼寺・保呂羽堂 平林城
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