北国街道(三崎山越)

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三崎山

羽州浜街道・北国街道
羽州浜街道当街道は参勤交代で利用する藩などが無い為、正式な名称が無く、一般的には羽州浜街道と呼ばれていますが、秋田側からは酒田街道、酒田から南は越後街道や浜街道、北国街道などの別称がありました。羽州浜街道の基点は久保田城下(秋田県秋田市)で羽州街道と分岐しているのは明確ですが、南側は諸説あり、名称通り羽州浜街道とするれば鼠ヶ関(山形県鶴岡市)までで、現在の国道7号線のように新潟で北陸道(古代の官道)に分岐しているとも言えます。又、羽州浜街道沿いの日本海側は砂浜が多かった事から、浜辺自体が街道として利用された為、街道の経路の多くが消滅し主要な港町が宿場町的な役割を持ちました。参勤交代でも利用されず、羽州浜街道主に物資の運搬や出羽三山の参拝者などに利用されています。主な宿場町は久保田(久保田藩の藩都)、新屋(雄物川舟運の拠点)、石脇(亀田藩領、子吉川舟運の拠点)、本荘(本荘藩の藩都)、平沢(仁賀保領陣屋町)、金浦(北前舟寄港地)、象潟(北前舟寄港地)、酒田(最上川舟運の拠点、北前舟寄港地)、大山宿(大山藩藩都)、鼠ヶ関宿などがありました(新潟までを範囲とすれば村上城下や岩舟も主要な宿場町といえます)。中でも象潟は風光明媚の景勝地として知られ、元禄元年(1804)の象潟地震により地殻が隆起した後も日本初とも言える保存運動により多くの島が守られました。松尾芭蕉も奥の細道の際、酒田から羽州浜街道を北上し象潟を訪れ「象潟や 雨に西施が ねぶの花」と「汐越や 鶴はぎぬれて 海涼し」の句を残しています。


三崎山
三崎山羽州浜街道は基本的に日本海沿岸を縦断していた事から平坦な道が多く三崎山が最大の難所と言われ「地獄谷」や「駒泣かせ」の別称がありました。又、三崎山は国境的な役割を持ち古代の関所とされる「うやむやの関(有耶無耶関)」があり(秋田県側の関集落説もあります)、江戸時代には庄内側の女鹿宿(山形県遊佐町)に庄内藩の番所が設けられ、明治時代に入ると羽前国と羽後国の国境、秋田県と山形県の県境となりました。名称の由来は「観音崎」、「大子崎」、「不動崎」の3つの崎があった事から三崎と呼ばれるようになっています。伝説も多く、鳥海山に巣食う「手長足長」と呼ばれる手足が極端に長い妖怪が旅人や漁船を襲い人を食らい悪事の限りを尽くしていました。鳥海山に鎮座する大物忌神も手長足長の悪事に手を焼き、一時的な処置として大物忌神の使いである八咫烏を遣わし手長足長が居る時に「有や」居ない時に「無や」と鳴かせ旅人の安全を図りました(有耶無耶関の由来)。しかし、抜本的な解決に至らず困り果てていると、慈覚大師円仁が当地を訪れた際、法力によって手長足長が改心し、、三崎山その後は人を食らう事を止め「タブノキの実」を食べるようになったと伝えられています。慈覚大師円仁は手長足長によって命を落とした人の供養の為、三崎山に霊場を開き菩提を弔ったと伝えられています。元禄2年(1689)に松尾芭蕉が酒田から象潟に向かう際には三崎山を通過しており、同行した門人曽良の日記によれば「十六日 吹浦ヲ立。番所ヲ過ルト雨降出ル。一リ、女鹿。是ヨリ難所。馬足通不。番所手形納。大師崎共、三崎共云。一リ半有。小砂川、御領也。庄内預リ番所也。入ニハ手形入不。塩越迄三リ。半途ニ関ト云村有。ウヤムヤノ関成ト云。此間、雨強ク甚濡。船小ヤ入テ休」と記載されおり、馬が通れない程の難所だった事が分かります。戊辰戦争の際は逸早く奥羽越列藩同盟を脱退した久保田藩、本荘藩、矢島藩、亀田藩を粛清する為に同盟側の主力だった庄内藩が侵攻し三崎峠周辺でも激戦が繰り広げられました。三崎山には現在も数百mに及ぶ岩道や三崎山一里塚などが残り「三崎山旧街道」として昭和33年(1958)に秋田県指定史跡に指定されています。

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