佐竹寺: 楼門

写 真
リンク
佐竹寺(茨城県・常陸太田市)

佐竹寺(茨城県・常陸太田市)概要: 佐竹寺が何時頃から開かれたのかは2説あり、1説は平安時代初期の大同2年(807)に最澄や空海と対等に法論を戦った徳一大師が開いたとも、もう1説は平安時代後期の寛和元年(985)に元蜜上人により創建されたと伝えられています。その後は、長く当地を支配した佐竹氏の祈願寺、居城である太田城の鬼門鎮護の寺院として篤く帰依され、広大な寺領と堂宇の造営が随時行われました。又、境内に生えていた二十尋に一節しかない奇竹が佐竹家の苗字の由来となったとも云われています。佐竹氏が北関東に大きな勢力を築くに従い寺運が隆盛し六支院、三ヶ坊を擁する大寺院に発展しました。江戸時代に入ると佐竹家は久保田藩(本城:久保田城)に移封になりましたが水戸藩(本城:水戸城)から庇護され寺領が安堵されています。坂東三十三観音霊場22番札所。山門は昭和14年(1939)の火災で焼失後の昭和15年(1940)に造営されたもので三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚楼門、外壁は真壁造り板張り、上層部には高欄付、下層部左右には火災を免れ、宝永年間に石龍坊と3組の夫婦が寄進した仁王像が安置、「妙福山」の山号額と佐竹家の家紋である「月印五本骨」を模った彫刻が掲げられています。坂東三十三観音霊場22番札所。

佐竹寺:動画

※ 当サイト「全国楼門建築」は資料や案内板、パンフレットなどを参考にして編纂していますが、個人的な意見も含まれている為、最終確認は自らの責任により最終確認してください。又、写真や文章のコピーは遠慮してください。

ホーム
全国:楼門
茨城県1
茨城県2
茨城県3
茨城県4
大念寺
鹿島神宮
筑波山神社
愛染院
西念寺
不動院
佐竹寺
来迎院
法然寺
長禅寺
清滝寺
安穏寺
考顕寺
弘経寺
乗国寺
雨引観音
富谷観音
笠間稲荷神社