茨城県の楼門建築

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名 称
内   容
場  所
・愛染院○愛染院は平安時代後期に創建された寺院です。伝承によると奥州の動乱である前九年合戦の際、源義家が当地まで進軍、その夜、義家の霊夢に観音菩薩の化身が立ち、その御告げに従い戦乱を鎮める事が出来ました。義家は感謝の意から一宇を設けると円通閣主を召還して愛染院を創建したと伝えられています。江戸時代に入ると麻生藩(茨城県行方市:本城−麻生陣屋)の藩主新庄家の祈願所として庇護され寺運も隆盛しています。山門は江戸時代中期の享保年間に造営されたもので三間一戸、入母屋、銅板葺、八脚楼門、潮来市指定有形文化財に指定されています。

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茨城県
潮来市
・西念寺○西念寺は建保2年(1214)に稲田頼重が親鸞聖人を招いて草庵を設けたのが始まりで、親鸞は当地で長く布教活動を行い「教行信証」の製作にも尽力しました。鎌倉時代末期に寺院として正式に認められ西念寺が創建されています。その後、長く当地を支配した笠間氏の庇護となり堂宇の造営や寺領の寄進が行われています。江戸時代に入ると水戸藩(茨城県水戸市:本城−水戸城)の藩主水戸徳川家の庇護となり水戸光圀も御影石の井筒を寄進しています。山門は一間一戸、入母屋、茅葺、四脚楼門。

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・茨城県
笠間市
・不動院○不動院は大同3年(808)に弘法大師により創建された寺院です。その後衰微しましたが室町時代初期に祥海和尚が中興し境内が整備されています。戦国時代の兵火により再び衰微し江戸時代中期の元禄年間に秀海によって再興されています。山門は再興当時に再建されたもので三間一戸、入母屋、銅瓦棒葺き、八脚楼門、茨城県指定文化財に指定されています。

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・茨城県
・つくばみらい市
・佐竹寺佐竹寺が何時頃から開かれたのかは2説あり、大同2年に徳一大師、又は寛和元年に元蜜上人により創建されたという説があります。平安時代後期以降長く当地を支配した佐竹氏の祈願寺として篤く帰依され、佐竹家の苗字の由来となったとも云われています。佐竹氏が北関東に大きな勢力を築くに従い寺運が隆盛し六支院、三ヶ坊を擁する大寺院になりました。江戸時代に入ると水戸藩(茨城県水戸市:本城−水戸城)から庇護され寺領が安堵されています。坂東三十三観音霊場22番札所。山門は昭和15年(1940)に造営されたもので三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚楼門。

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・茨城県
常陸太田市

茨城県1大念寺鹿島神宮筑波山神社
茨城県2愛染院西念寺不動院佐竹寺
茨城県3来迎院法然寺長禅寺清滝寺笠間稲荷神社考顕寺
茨城県4安穏寺弘経寺乗国寺雨引観音富谷観音

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