栃木県の楼門建築4

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名 称
内   容
場  所
・寺山観音寺○寺山観音寺は奈良時代に聖武天皇の勅願で行基菩薩が創建された古寺です。平安時代には平城天皇の勅願で坂上田村麻呂が中興開基、徳一上人が中興開山しています。鎌倉時代には幕府執権の北条家、それ以降は領主である塩谷家から庇護され寺運が隆盛しています。戦国時代に塩谷氏が没落すると衰微しましたが、江戸時代に入ると徳川将軍家より朱印状が発布され、歴代宇都宮藩主からも庇護を受けました。山門は江戸時代初期に造営されたもので三間一戸、八脚楼門、「やいた建物十選」に選定されています。

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・栃木県
・矢板市
・大平寺○太平寺は平安時代に東国平定の為に当地まで進軍した坂上田村麻呂により開創され、高僧として知られる慈覚大師円仁が寺院として創建したと伝わる古寺です。中世以降は土豪として長く当地域を支配した那須家が庇護し、寺領の寄進や堂宇の営繕工事などが行われています。江戸時代に入ると烏山藩の藩主大久保家縁の寺院として庇護されました。山門は江戸時代中期に造営されたもので、三間一戸、八脚楼門、那須烏山市指定有形文化財に指定されています。

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・栃木県
・那須烏山市
・鷲子山上神社鷲子山上神社は平安時代初期に大蔵坊宝珠上人が創建されたと伝わる古社です。鎌倉時代には源頼朝、源実朝が庇護し、江戸時代には徳川将軍家から朱印状を発布されています。水戸徳川家の当主徳川光圀も参拝に訪れ鷲子山十景山中七寄を選定しています。随神門は江戸時代後期に造営されたもので、三間一戸、八脚楼門、栃木県・茨城県指定重要文化財に指定されています。

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・栃木県
・那珂川町
・茨城県
・常陸大宮市
・海潮寺○海潮寺は室町時代に久室栄昌大和尚が開創し、天英祥貞を勧請開山として迎えて創建した寺院です。その後は領主である芳賀氏の菩提寺として庇護されますが、安土桃山時代に主家である宇都宮氏が改易になると芳賀氏も連座し真岡の地を去っています。江戸時代に入ると徳川将軍家から朱印状が発布され、真岡藩主稲葉家、歴代真岡代官が庇護しています。山門は江戸時代後期に造営されたもので三間三戸、八脚楼門、栃木県指定文化財に指定されています。

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・栃木県
・真岡市
・専修寺○専修寺は鎌倉時代に親鸞聖人により創建された寺院です。親鸞は専修寺を拠点にして布教活動を行い約7年間当寺で生活しています。その後、専修寺は浄土真宗の一大拠点として大きく発展しました。室町時代に入ると、真慧によって伊勢(現在の三重県)に同じく専修寺が創建されると次第にそちらが本山的な役割が移され、当寺は衰微しました。江戸時代に入ると、堂宇が再建されるなど境内が整備されました。山門は江戸時代中期に造営されたもので、一間一戸、四脚楼門、国指定重要文化財に指定されています。

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・栃木県
・真岡市
・二宮町
・長栄寺○長栄寺は奈良時代に慈覚大師円仁により創建されたと伝わる古寺です。藤原秀郷や水谷正村、水谷勝隆などが祈願所として庇護し、寺領安堵や堂宇の営繕工事などが随時行われています。現在の山門は江戸時代初期に造営されたもので、三間一戸、八脚楼門、真岡市指定有形文化財に指定されています。

長栄寺の楼門写真はこちら

・栃木県
・真岡市
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