久遠寺: 楼門

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久遠寺(山梨県・身延町)

久遠寺(山梨県・身延町)概要: 久遠寺は鎌倉時代後期に当時の領主である南部六郎実長が日蓮聖人を招いて草庵を設け創建した日蓮宗の総本山です。創建から数年後には10間規模の本堂が造営されるなど随時整備が行われ大寺院として発展しました。文明7年(1475)に現在地に境内を移し、甲斐国守護職の武田家や、武田家の家臣で当地の領主である穴山氏の庇護を受けます。江戸時代には徳川将軍家から庇護され、特に徳川家康の側室であるお万の方(養珠院)が日蓮宗を篤く帰依し女性で始めて久遠寺の守護神である七面山に登拝しました。江戸時代中期以降は信仰が庶民まで広がり、多くの参拝者が訪れるようになりました。久遠寺三門は明治8年(1875)の火災で焼失後に再建されたもので入母屋、五間三戸、十二脚二重楼門、桁行5間、梁間2間、外壁は真壁造り板張り、上層部に十六羅漢像安置、高欄付、下層部仁王像(制作年:鎌倉時代、伝:運慶作、身延町指定文化財)安置、日慈上人筆の「身延山」の扁額、明治時代初期に建てられた、大型楼門建築の遺構として貴重な事から身延町指定文化財に指定されています。現在でも久遠寺には絹本著色夏景山水図(国宝)をはじめ多くの文化財を所有しています。

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