滋賀県・長浜市・長浜城

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【 概 要 】−長浜城は延元元年(1336)、京極高氏が出城として築城したのが始まりとされます。当初は今浜城と呼ばれ、京極家の家臣である今浜氏や上坂氏が守将として在城しますが大永3年(1523)に京極家の内乱に乗じて浅井家が北近江の領主になると支配下に置かれます。天正元年(1573)、織田信長の小谷侵攻により小谷城が落城し浅井家が滅亡すると新たに領主となった羽柴秀吉は北陸街道の陸運と琵琶湖の水運の拠点である今浜を居城として定め、改めて長浜城を築城しています。天正8年(1580)に秀吉が姫路城に移封になると堀秀政、柴田勝豊が城主となり天正11年(1583)の賤ヶ岳の戦いでは秀吉の軍事的拠点として利用されています。天正13年(1585)に山内一豊、文禄4年(1595)からは内藤信正が城主となり慶長20年(1615)に内藤信正が高槻城に移封になると廃城となります。長浜周辺は彦根藩に組み込まれ、長浜城の用材や石垣などが彦根城築城の際に再利用され天秤櫓や西の丸3重櫓は元々は長浜城のものだったと伝えられています。又、長浜城の大手門(切妻、本瓦葺、三間一戸、薬医門)が大通寺の台所門に搦手門(切妻、本瓦葺、三間一戸、棟門、潜り戸付)が知善院の表門にそれぞれ移築され長浜市指定文化財に指定されています。
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