高島城(城門): 常光寺

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高島城(城門)−常光寺
【 高島城城門:概要 】 常光寺の創建年は不詳ですが、平安時代には蓬堂と呼ばれ東山に位置していたとされます。南北朝時代に小笠原氏に従った当地の豪族村井氏によって北熊井城が築かれると、城から見て北東方向の一本杉の地に移され鬼門鎮護の祈願所として信仰されました。常光寺は寺運も隆盛し東南方向には薬師堂、西側にも伽藍を構えていましたが、天文17年(1548)に発生した武田信玄(躑躅ヶ崎館の城主)と小笠原氏による塩尻峠の合戦の兵火により伽藍が焼失し衰微し、江戸時代に入り現在地に再興されています。

常光寺の山門は高島城の城門とされ、明治4年(1871)に高島城が廃城になった際に払い下げられ当地に移築、当初は2層の城門だったそうですが、上層部が撤去され寺院の山門風に改造されたと伝えられています。切妻、桟瓦葺き、三間一戸、棟門、向かって左側潜戸付。

【 場 所 】 常光寺:長野県塩尻市片岡北熊井

【 備 考 】 −

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