上田城: 北櫓

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上田城−北櫓
【 上田城北櫓:概要 】 上田城北櫓は江戸時代初期の寛永3年(1626)から寛永5年(1628)にかけて上田藩主仙石忠政によって上田城が再興された際に建てられた建物です。明治4年(1871)に廃藩置県で上田藩が廃藩になると上田城も廃城となり、7棟あった2層櫓の内2棟は明治7年(1874)に上田市常磐城(新地)にあった遊郭に払い下げられました。移築後、2棟の櫓は連結され茶屋建築風に改造、金秋楼と万豊楼と呼ばれていましたが、昭和16年(1941)に目黒雅叙園(東京都目黒区下目黒)に転売される事となりました。事情を知った市民は郷土の宝を守る為に寄付を募って昭和17年(1942)に2棟の櫓を買い取り、昭和24年(1949)に現在地である東虎口櫓門の北側と南側に移築、北櫓、南櫓と呼ばれるようになり、元々あった2層櫓は西櫓と呼ばれました。

北櫓は木造2階建て、入母屋、桟瓦葺き、桁行5間(1階は9.85m、2階は8.64m)、梁間4間(1階は7.88m、2階は6.67m)、妻入り、腰壁は下見板張り、外壁は大壁造り白漆喰仕上げ(塗籠造)、内壁は真壁造り白漆喰仕上げ。

【 場 所 】 北櫓:長野県上田市二の丸

【 備 考 】 昭和34年(1959)11月9日:長野県指定文化財・上田城:昭和9年12月28日:国指定史跡・日本百名城

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