長野県・塩尻市・小野神社

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【 概 要 】−この地は建御名方命(信濃国一ノ宮諏訪大社の祭神)が留まった旧跡で崇神天皇の年代に建御名方命の分霊を勧請したことが小野神社の創建と伝えられています。以来、小野神社は信濃国二ノ宮として信仰を広め大同年間(806〜10)には坂上田村麻呂が治承4年(1180)には木曽義仲が戦勝祈願の為参拝に訪れ、永禄7年(1564)には武田勝頼(躑躅ヶ崎館の城主)が鐘楼(塩尻市指定有形文化財)を寄進しています。江戸時代に入ると歴代松本藩主(松本城の城主)から崇敬庇護され慶長19年(1614)には小笠原秀政が、元和3年(1633)には戸田康長が、慶安元年(1648)には水野忠職が、寛文9年(1669)には水野忠直が、正徳4年(1714)には水野忠周が、享保4年(1714)には水野忠幹が、享保10年(1725)には水野忠恒がそれぞれ社領を寄進し、その後は天領になった為、幕府が庇護しています。寛文12年(1672)に火災により社殿が焼失すると同年に水野忠直が八幡宮本殿(一間社流造、見世棚造、銅板葺・長野県県宝)、本殿(一間社流造、銅板葺・長野県県宝)、副本殿(一間社流造、銅板葺・長野県県宝)、勅使殿(切妻、銅板葺、四脚門・長野県県宝)を寄進しています。又、小野神社境内を囲う社叢は昭和35年に長野県指定天然記念物に指定され、鎌倉時代に制作されたと推定される銅造千手観音坐像御正体残闕が長野県指定県宝に指定されています。小野神社の境内は塩尻市ですが周辺の住所は辰野町に属する特異な形態で、隣接する矢彦神社は小野神社と同様な由緒を持ち同じ信濃国二ノ宮を掲げています(矢彦神社の祭神は大国主神と事代主神。何れも出雲国での国譲により高天原の天孫族により敗れ去った神々で、神話では建御名方命が諏訪にまで逃れ諏訪大社の祭神になったとされます。その為、小野神社は諏訪大社が創建以前の神社と推定され、延喜式神名帳に記載されていないものの信濃国二ノ宮の格式を得たとも考えられます)。

小野神社(塩尻市):周辺の見所

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