新潟県・胎内市・乙宝寺三重塔

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【 概 要 】−乙宝寺三重塔は慶長19年(1614)に起工し元和6年(1620)に竣工した建物で、当時の村上藩(本城・村上城)の藩主村上忠勝が寄進、棟梁は京都の小嶋近江守藤原吉正があたりました。村上忠勝は戸田氏繁の末子、又は戸田内記の長男とされ、母親が村上頼勝の娘だった事から、村上藩の藩主村上頼勝の養嗣子となり、元和2年(1616)に村上家の家督を継ぎました。しかし、元和4年(1618)に家臣の魚住角兵衛が暗殺されるという事件が発生し、そこから家中を巻き込む騒動となり改易となり頼勝は丹波篠山藩松平康重に預かりの身となり当地を去りました。乙宝寺三重塔が竣工したのは元和6年(1620)である事から頼勝は完成の姿を見ていない事になりますが、観音堂の脇には村上氏の供養塔が建立され供養されています。三重塔の構造は三間三重塔(塔婆)、高さ76尺(約23.1m)、屋根は宝形、被覆はこけら葺、本尊は普賢菩薩像。乙宝寺三重塔は国重要文化財に指定されています。 又、乙宝寺の参道の右側の池の中には江戸時代初期に建てられた宝形造、茅葺屋根の弁天堂があり新潟県指定文化財に指定されています。

乙宝寺三重塔(胎内市):周辺の見所

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