富山県・小矢部市・長岡神社

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【 概 要 】−長岡神社が何時頃から祀られていたのかは判りませんが平安時代に成立した朝廷が名社として認識していた神社を列記した延喜式神名帳に記載されていた古社です。その後、地名に因み七社明神と呼ばれるようになり、戦国時代には春日山城新潟県上越市)の城主上杉謙信が越中侵攻により、当社に奉納されていた「大般若波羅密多経」が強奪され、越後の魚沼神社(新潟県小千谷市魚沼神社も延喜式神名帳に記載されている式内論社です。)に奉納されています。大般若波羅密多経は至徳3年(1386)から応永3年(1396)に越中国内(現在の富山県)で書写されたもので全600巻中、555巻が現存しその内458巻は完本、1巻は縦約27cm、横約9cm、中世の北陸地方の資料として貴重な事から新潟県指定文化財に指定されています。明治時代に入ると糸岡郷三十三ヶ村の郷社に列し社号を「長岡神社」に改称しています。祭神である鵜草葺不合尊は神武天皇の父神とされ神話では叔母であり、育ての親でもある玉依姫と結婚し、五瀬命、稲飯命、御毛沼命、若御毛沼命(後の神武天皇)の四神をもうけた事から婦の和合、安産に御利益があるとし、一方、農業神であった事から農業関係者から信仰されました。

長岡神社(小矢部市):周辺の見所

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