山梨県・北社市・清光寺

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【 概 要 】−清光寺の創建は平安時代後期の仁平元年(1151)、甲斐源氏の祖とされる新羅三郎義光の孫、源清光(逸見黒源太清光)が開いたのが始まりと伝えられています。当初は天台宗で信立寺と称していましたが清光の死後、菩提寺とされ現在の寺号である清光寺に改称され、文明7年(1475)、悦堂宗穆和尚(興因寺2世:興因寺は甲府市下積翠寺町に境内を構える曹洞宗の寺院で、柳澤吉保が甲府藩主の時代に甲府城の城代家老を勤めた柳澤権太夫保格夫妻の菩提寺として墓碑が建立されています。)が曹洞宗に改宗開山しています。その後は甲斐源氏の後裔とされる武田氏(清光の子供とされる源信義が武田庄に配され、地名に因み武田氏を称し、武田家の祖となった。)から庇護され、天正3年(1575)に武田勝頼(躑躅ヶ崎館の城主)が発行した制札(勝頼が発行して現存する最古のものとされる。北社市指定文化財。)が残されています。現在の清光寺総門は享和元年(1801)に建立されたもので、高麗門、切妻、銅板葺、桁行5.24m、梁間3.89m、高さ10.18m、棟梁下山流石川七郎左衛門が手掛けたもので北社市指定文化財に指定されています。又、清光寺の境内には源清光(逸見黒源太清光)の五輪塔があり北社市指定史跡に指定されています(正面右側は新羅三郎義光の五輪塔と伝えられています。久安3年の銘有)。甲斐百八霊場第72番。
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