小諸城(大手門)

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【 小諸城大手門:概要 】 大手門(別称:瓦門)は慶長17年(1612)、当時の小諸藩主仙石秀久によって小諸城の正門として建てられたものです。木造2階建、入母屋、本瓦葺、櫓門形式、下層部桁行6.5間、梁間2.5間、上層部桁行7間、梁間3間、外壁は真壁造、白漆喰仕上げ。2階には東西2室の畳敷きの部屋が配され座敷のようになっています。文化9年(1812)に改修され三州藤井出身の藤原氏によって瓦の葺き換えが行われています。明治4年(1871)の廃藩置県により小諸城は廃城となり、大手門も民間に払い下げとなりました。一時料亭となりましたが、その後は小諸義塾の施設として再利用され明治29年(1896)に新塾舎が建設されるまで教室となっています。江戸時代初期の大型櫓門の遺構として貴重な存在です。

【 小諸城:概要 】 小諸城は長享元年(1487)に大井光忠に築かれた平山城。戦国時代に武田家の持城になると武田家の伝説的軍師山本勘助によって縄張りされたと伝えられています。戦国時代末期に小諸城に配された仙石秀久によって近代的な城郭に大改修され、江戸時代は小諸藩の藩庁や藩主の居館が設けられました。平成18年(2006)に日本100名城に選定されています。

【 場 所 】 長野県小諸市大手町一丁目

【 備 考 】 平成5年(1993)12月9日、国指定重要文化財に指定されています。・日本百名城

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