青森県の神社山門

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名 称
建築年
内   容
場 所
備 考
・櫛引八幡宮・江戸前期櫛引八幡宮の創建は仁安元年(1166)、甲斐源氏の祖とされる源義光の孫源清光の4男加賀美遠光が源氏の氏神である八幡神の分霊を勧請したのが始まりとされます。当初は甲州南部庄(現山梨県南部町)に鎮座していましたが、建久2年(1191)に南部家の祖とされる南部光行が陸奥国の糠部5郡が与えられ下向した際、六戸の瀧ノ沢村に遷座し、貞応元年(1222)に現在に遷座しました。以後、南部家の総鎮守、南部一ノ宮と称され、代々南部家(盛岡藩主)から崇敬庇護されました。・青森県
・八戸市
・八幡
国重文
・小田八幡宮・江戸後期小田八幡宮の創建は天喜年間(1053〜1058)、源頼義(鎮守府将軍)が陸奥国鎮護の為、源氏の氏神である八幡神の分霊を勧請したのが始まりとされます。源義経の北方逃避伝説の文台の1つで、それによると、平泉を脱出した義経は源氏縁の小田八幡宮に参拝に訪れ毘沙門天像を安置したと伝えられています。・青森県
・八戸市
・小田
市指定
・岩木山神社・寛永5年岩木山神社の創建年は不詳ですが、伝承によると宝亀11年(780)、信仰の山として知られる岩木山の山頂に社殿が建立されたのが始まりとされます。その後、現在の厳鬼山神社境内付近に遥拝所である下居宮が創建され、寛治5年(1091)に神の御告げにより現在地に遷座しました。中世以降は神仏習合し別当寺院として百沢寺が祭祀を司りました。江戸時代には弘前藩主である津軽家の崇敬社として津軽一之宮、津軽総鎮守と呼ばれ社殿の造営や社領の寄進が行われています。明治時代初頭の神仏分離令により百沢寺が廃され岩木山神社となっています。・青森県
・弘前市
・百沢
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・高照神社・寛永5年高照神社の創建は正徳元年(1711)、弘前藩4代藩主津軽信政の菩提を弔う廟所と、祭神として祭る社殿が造営され(本殿は正徳2年建築)、信政の神号に因み高照社と名付けられた事が始まりとされます。信政は神道に帰依していた事から神式での祭祀が執り行われ、以後、歴代藩主の崇敬社となり庇護されました。社殿や祭祀は藩費が捻出され、壮麗な社殿が次々と造営され、その殆どが国指定重要文化財に指定されています。社宝も置く、現在でも多くの文化財を所有しています。・青森県
・弘前市
・高岡
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