岩手県の神社山門

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名 称
建築年
内   容
場 所
備 考
・榊山稲荷神社・ 榊山稲荷神社の創建は慶長2年(1597)、盛岡城が築城された際、城の鎮守社の1つとして勧請されたのが始まりとされます。歴代南部家から崇敬庇護されていましたが、明治時代になり盛岡城が廃城になると、庇護者だった南部家も当地から離れた為に衰微しました。明治30年になり現在地(方長老の屋敷跡)に遷座再興されています。・岩手県
・盛岡市
・北山
 
・桜山神社・ 桜山神社の創建は寛延2年(1749)に盛岡藩初代藩主南部信直の御霊を盛岡城の淡路丸(本丸東側)に勧請し社殿を造営したのが始まりとされます。明治時代に入り盛岡城が廃城になると、妙泉寺山に遷座し、明治10年に南部家の菩提寺のあった聖寿禅寺跡に遷座、明治33年に再び盛岡城に遷座し改めて社殿が造営されました。・岩手県
・盛岡市
・内丸
 
・日高神社・ 日高神社の創建はは弘仁元年(810)、嵯峨天皇の勅命により勧請されたのが始まりと伝えられています。元々は蝦夷の人達の国だった日高見国の神が祭られていたとされ、延暦21年(802)に坂上田村麻呂が当地に侵攻し平定した事を受け、朝廷(天皇)縁の神に差し替えられたと推定されています。その後は歴代領主である伊沢氏(留守氏)、奥州藤原氏、伊達氏などから崇敬庇護され当地域の中心的な神社として社運も隆盛しています。・岩手県
・奥州市
・水沢区
 
・舞草神社・ 舞草神社の創建は不詳ですが格式の高い神社で仁壽2年に従五位に列し、延喜式神名帳には式内社として記載されています。古くから神仏習合し、別当寺院として「きば寺」が祭祀を司り最盛期には三内に24院を擁する大寺として隆盛しましたが、明治時代の神仏分離令と廃物希釈運動により仏式が廃され舞草神社に社号を改めています。・岩手県
・一関市
・舞川
 
・興田神社・ 興田神社の創建は養老2年(718)、大野朝臣東人(鎮守府将軍)によって勧請されたのが始まりとされます。古くから神仏習合し、妙見山法眼寺が祭祀を司ってきましたが、明治時代の神仏分離令により社号を興田神社と改めています。例祭である蘇民祭は延元3年(1338)以来の神事で脈々と受け継がれています。・岩手県
・一関市
・大東町
 
・早池峰神社・ 早池峰神社の創建は大同元年(807)、猟師だった藤蔵が早池峰山の山頂で権現垂跡の出現を目の当たりにして、霊地と悟り社殿を造営したのが始まりとされます。承和14年(847)に藤蔵の子供である長円坊が山頂の奥宮の隣に若宮を創建し、現在の早池峰神社の奥宮としています。嘉祥年間に慈覚大師円仁が神宮寺である宮寺妙泉寺を創建、境内には山頂の若宮から分霊を勧請して新山宮を創建しています。明治時代の神仏分離令により妙泉寺が廃寺となり、新山宮を改め早池峰神社に改称しています。・岩手県
・遠野市
 
・早池峰神社・ 創建等は上記と同じ、鎌倉時代に快賢を称する旅僧が河原の坊を創建、正安2年(1300)に円性阿闍梨が再興し妙泉寺に改称、以来別当寺院として祭祀を司り、江戸時代には盛岡藩主南部家の崇敬社として社殿や堂宇の造営が行われています。明治時代に神仏分離令により衰微しました。・岩手県
・花巻市
・大迫町
 
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