丸岡城: 天守閣

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丸岡城−天守閣
【 丸岡城(天守閣):概要 】 丸岡城は安土桃山時代の天正4年(1576)、柴田勝家の甥である柴田勝豊が築いたのが始まりとされます。現在丸岡城に残されている天守閣の明確な建築年を示す記録が無い事から、柴田勝豊が築いた当初の天正4年(1576)説と、天守閣の構造や意匠が慶長年間に建てられた城郭建築に類似している事から慶長年間(1596〜1615年)説、「円陵略慶長十八癸丑年本田飛騨守治部太夫成重御引移之節図」に天守閣が描かれていない事から慶長18年(1613)以降説などがあります。一方、平成28年(2016)に行われた天守閣の建築部材年代測定によると、16世紀後半から17世紀前半頃に伐採された木材であるとの調査結果を得た事から、丸山城が築城された直後に建築された可能性があります。昭和23年(1948)の福井大震災で天守閣は倒壊しましたが、多くの利用出来る部材が残された為、昭和26年(1951)から再建工事を着工し、昭和30年(1955)に竣工しています。明治4年(1871)の廃藩置県により丸岡藩が廃藩となり、丸岡城は廃城、多くの施設は破却、払い下げとなりましたが、奇跡的に天守閣だけが城内に残され日本最古の天守の姿が守られています。一方、犬山城(愛知県犬山城)の天守閣も天文6年(1537)に建築されたとの説があり日本最古を自称しています。

丸岡城天守閣は2層3階の望楼型天守で(望楼型は初期の天守に採用される場合が多い)、入母屋、石瓦(笏谷石)葺、高さ22m、1階面積37u、2階面積40u、3階面積40u、外壁は真壁造り白漆喰仕上げと板張りの併用、1階外壁部には防衛施設である「石落とし」や「狭間」が備わっています。

【 場 所 】 天守閣−福井県坂井市丸岡町霞町

【 備 考 】 昭和9年(1934)1月30日:国指定重要文化財

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