高遠城: 大手門

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高遠城−大手門
【 高遠城大手門:概要 】 当建物は高遠城の大手門だったと伝えられています。案内板によると「 この門は高遠高等学校が、この地にあった昭和59年(1984)まで正門として使用されていた。明治5年(1872)新政府から城郭の取り壊しを命ぜられ、城の建造物や樹木は、競売に付されすべて取り払われた。当時、城内には大手、二ノ丸、本丸、搦手の4つの櫓門(間口5〜6間、奥行2間の二層門)があったが、いずれも競売されて民家や寺院の門として払い下げられていった。この門は、そのうちの1つで大手門といわれているが、その形は切り詰められ当時の姿ではない。昭和29年(1954)に高遠高等学校の正門として、伊那市富県福地の所有者より寄贈を受け移築されたものである。」とあります。現在の高遠城大手門は切妻、桟瓦葺き、一間一戸、薬医門形式、袖壁付。

【 場 所 】 大手門:長野県伊那市高遠町東高遠

【 備 考 】 高遠城跡:昭和48年(1973)5月26日:国指定史跡・日本百名城

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