新善光寺: 楼門

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新善光寺(新潟県・阿賀町)

新善光寺(新潟県・阿賀町)概要: 新善光寺は鎌倉時代初期に甚目寺(愛知県あま市甚目寺・真言宗智山派)の僧侶沙門定尊聖人によって創建された寺院です。その後、室町時代初期に光明寺(神奈川県鎌倉市材木座・浄土宗大本山)の僧唱名上人の弟子である感誓和尚により現在地に再興され、会津地方一帯を支配した芦名氏や、家臣で津川城の城主金上氏の庇護により寺領100貫文が安堵されていました。戦国時代の争乱の兵火により一時衰退しましたが岌天和尚によって浄土宗鎮西派藤田流として再興、さらに芦名家の没落と豊臣秀吉の検地により寺領を失いましたが、その後復権を果たし62石が安堵されました。戊辰戦争の際には旧幕府側の桑名藩(三重県桑名市)の本陣となり、白虎隊士藤森八太郎などの戦死者の墓碑が建立されています。福海観音堂には元禄6年(1693)に越前三国住の信者から新善光寺に寄進された石造観音菩薩像(阿賀町指定文化財)が船で運ばれている最中に沈没しその後引き上げられ安置されています。山門は三間一戸、入母屋、銅板葺、八脚鐘楼門、上層部の外壁は柱のみの吹き放しの鐘撞堂、下層部左右に風神像、雷神像が安置されています。

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