金沢城: 石川門

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金沢城−切手門
【 金沢城切手門:概要 】 切手門は金沢城の二ノ丸に加賀藩の藩庁、藩主居館となる御殿の奥に設けられた数奇屋敷に三ノ丸東側から出入りする為の門で、主に女中など身分の低い人達が利用しました。江戸時代には門の傍らには番所が設置され入るには通行手形である切手が必要だった事から、切手門と呼ばれました。数奇屋敷には藩主の側室や女中達が居住する、江戸城でいう大奥と同じような機能を持った為、自由に行き来出来る所ではありませんでした。明治4年(1871)に廃藩置県で加賀藩は廃藩、金沢城は廃城となりましたが、明治6年(1873)に金沢城は陸軍省に接収され軍の施設として利用されました。しかし、明治14年(1881)に火災となり金沢城の多くの施設は焼失、切手門は焼失を免れたようで、その後、他所に移設されましたが近年再び現在地に再移築されました。現在、数奇屋敷の跡地には旧第六旅団司令部が建てられ、その入り口として機能しているようです。切妻、桟瓦葺、一間一戸、棟門(背後に控え柱有)。

【 場 所 】 切手門:石川県金沢市丸の内

【 備 考 】 −

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