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 大塩八幡宮(福井県越前市)

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大塩八幡宮

大塩八幡宮(福井県越前市)
大塩八幡宮(祭神:誉田別天皇・帶中津日子天皇・息長帶日賣尊)は平安時代に紀中納言友仲朝臣により創建された神社で、格式が高く従都部郷(南条郡内)封戸三百戸、約五千石を賜わりました。創建者である紀中納言友仲朝臣は有能な人物だった事から周辺からの妬みをかい当地に流され再び朝廷に復帰した故事から、無実の罪を被せられた人達からの信仰の対象となりました。神官は初代清原元政が勅使として朝廷から派遣され、そのまま当社に留まり代々歴任したとされ、昌泰元年(898)には清原光重により延喜式神名帳に記載され高岡峰に鎮座していた高岡神社(祭神:須佐之男尊)を境内に遷座しています(清原氏は江戸時代以降は瓜生氏の姓を改めています)。境内社の天八百萬比盗_社(祭神:伊邪那美尊)も延喜式内社の論社で、当初は西南桜井峰に鎮座していたものを、鎌倉時代の文暦2年(1235)に大塩八幡宮の境内に遷座したと伝えられています。天国津彦神社(祭神:伊邪那岐尊)と天国津比盗_社(祭神:伊邪那美尊)も延喜式内社の論社とされ、それが正しければ大塩八幡宮の境内には式内社が4社集まっている事になります。当地の地名が「大塩保」であった事から「大塩保八幡宮」と呼ばれていましたが、明治時代に入ると「八幡神社」、昭和49年(1971)に現在の社号である「大塩八幡宮」に改めています。往時の大塩八幡宮は神仏習合し、尊厳山妙覚寺(福井県越前市上小松町)の鎮守である十社権現(第一熊野山・第二日照・第三金峰山・第四賀茂・第五八幡・第六祇園・第七赤山・第八日吉・第九貴船・第十白山)の1社として天福元年(1233)に道元禅師が奉納した勧請文に社号が記されています。別当寺院は比叡山行光房の法流で叡山末二十三ヶ寺九番席だった宝光寺(天台宗)が関わっていましたが延享年間(1744〜1747年)に宝光寺は廃寺となっています。

現在でも大塩八幡宮(福井県越前市)の境内には神仏習合の名残が残され、梵鐘は案内板によると「この梵鐘は、仁安2年(1167)、江州(滋賀県)ではじめて鋳造されたが、その後破損したため、元弘2年(1332)に現在のものに鋳直された。されに慶長20年(1615)には府中領主本多富正によって当神社の神鐘として奉納されたものである。鎌倉時代の梵鐘として、当市唯一の貴重な文化財である。 越前市教育委員会」とあります。大塩八幡宮梵鐘は昭和44年(1969)に越前市指定文化財に指定されています。拝殿(国指定重要文化財)の前に設けられている神社山門は「荒垣門」と呼ばれ、永正10年(1513)に朝倉孝景が奉納したものを江戸時代に福井藩が再建し、さらに昭和28年(1953)に再建したもので、切妻、桟瓦葺、一間一戸、薬医門。

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