茅葺屋根: 秋田県
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土田家住宅(
中門造
)
・場 所
・
秋田県
由利本荘市矢島町
・建築年
・江戸時代中期:(17世紀後半)
・形 体
・寄棟、茅葺、座敷中門造、桁行19.7m、梁間10.6m・中門部は寄棟、茅葺、桁行1.7m、梁間6.6m。
・文化財
・国指定重要文化財
・指定日
・昭和48年(1973)2月23日
・概 要
・秋田県の中では古い時代の中門造りで、直屋造りからの変遷過程を知る貴重な遺構とされます。根井行親の後裔。
鈴木家住宅
・場 所
・秋田県雄勝郡羽後町飯沢
・建築年
・江戸時代中期:16世紀末〜17世紀初期
・形 体
・寄棟、茅葺、中門造、桁行20.8m、梁間11.1m・中門部は入母屋、茅葺、桁行9.4m、梁間6.2m、土庇は板葺。
・文化財
・国指定重要文化財
・指定日
・昭和48年(1973)2月23日
・概 要
・源義経の家臣鈴木三郎重家の後裔、江戸時代は当地の肝煎りを歴任、名字帯刀、「東北鈴木姓発祥の地」。
大山家住宅
・場 所
・秋田県山本郡三種町鵜川
・建築年
・江戸時代末期
・形 体
・東側入母屋、西側寄棟、茅葺、中門造、桁行21.8m、梁間12.1m・中門部は寄棟、茅葺、桁行6.1m、梁間7.3m。
・文化財
・国指定重要文化財
・指定日
・昭和48年(1973)2月23日
・概 要
・大山家は代々村役を歴任した上層農家です。
大慈寺(
鐘楼門
)
・場 所
・秋田県横手市大森町高口下水戸堤
・建築年
・−
・形 体
・入母屋、茅葺、一間一戸、四脚鐘楼門、方立が花頭窓風になるような意匠。
・文化財
・−
・指定日
・−
・概 要
・大慈寺は平安時代末期の長和2年に創建された寺院です。江戸時代に入ると久保田藩主佐竹家の一族である佐竹東家の香華所として庇護を受けました。
常泉寺
・場 所
・ 秋田県大仙市南外揚土
・建築年
・昭和28年(1953)
・形 体
・入母屋、茅葺、一間一戸、四脚鐘楼門、上層部花頭窓、高欄付。
・文化財
・−
・指定日
・−
・概 要
・常泉寺は中世、当地を支配した楢岡氏の菩提寺で、境内背後の高台には居館である楢岡城の主郭でした。本堂は江戸時代中期に古建築物として大仙市指定文化財。
旧奈良家住宅(
両中門造
)
・場 所
・秋田県秋田市金足小泉字上前
・建築年
・江戸時代中期:宝暦年間(1751〜1763年)
・形 体
・寄棟、茅葺、両中門造、桁行21.8m、梁間12.7m・中門部は入母屋、茅葺、桁行7.3m、梁間9.1m、庇はこけら葺。
・文化財
・国指定重要文化財
・指定日
・昭和40年(1970)5月29日
・概 要
・奈良家は秋田県内屈指の豪農として知られ、往時は20人の使用人が共に暮らしていたとされます。菅江真澄縁。
嵯峨家住宅
・場 所
・秋田県秋田市太平目長崎上目長崎
・建築年
・江戸時代末期(19世紀初期)
・形 体
・寄棟、茅葺、両中門造、桁行18.6m、梁間11.0m・中門部は入母屋、茅葺、桁行7.3m、梁間8.2m。
・文化財
・国指定重要文化財
・指定日
・昭和48年(1973)2月23日
・概 要
・嵯峨家は中世武士だった家柄で、近世に入り帰農し、村の肝煎りなどの上役を歴任しています。菅江真澄縁。
三浦家住宅
・場 所
・秋田県秋田市金足黒川字黒川
・建築年
・江戸時代末期:文久元年(1861)
・形 体
・寄棟、茅葺、両中門造、桁行27.0m、梁間13.6m・中門部は入母屋、茅葺、桁行9.1m、梁間10.9m、庇は銅板葺。
・文化財
・国指定重要文化財
・指定日
・平成18年(2006)12月19日
・概 要
・三浦家は中世相模を支配した三浦家の一族とされ、近世は帰農し、村の肝煎りなどの上役を歴任しています。
草g家住宅(
曲屋
)
・場 所
・秋田県仙北市田沢湖生保内
・建築年
・江戸末期:天保年間(1830〜1843年)
・形 体
・寄棟、茅葺、曲屋、桁行18.0m、梁間9.7m・曲屋部(土間)は入母屋、茅葺、桁行13.6m、梁間7.9m。
・文化財
・国指定重要文化財
・指定日
・昭和50年(1975)6月23日
・概 要
・草g家は当地区の上層農家の家柄で、地勢的に南部領(岩手県)の影響を受け曲屋形式が採用されています。
旧伊藤家住宅
・場 所
・秋田県大仙市(秋田県立農業科学館)
・建築年
・明治33年(1900)〜明治36年(1903)
・形 体
・寄棟、茅葺、曲屋、桁行16.8m、梁間7.8m・曲屋部(土間)は寄棟、茅葺、桁行6.2m、梁間6.9m。
・文化財
・国登録有形文化財
・指定日
・平成12年(2000)4月28日
・概 要
・元々は旧田沢湖町に位置していた事から草g家住宅と同様に南部領(岩手県)の影響を受け曲屋形式が採用されています。
大国主神社(神社山門)
・場 所
・秋田県仙北市西木町西明寺字堂村
・建築年
・江戸時代後期
・形 体
・寄棟、茅葺、三間一戸、八脚単層門。
・文化財
・秋田県指定文化財
・指定日
・昭和29年(1954)3月7日
・概 要
・大国主神社は元々最明寺と呼ばれる寺院でしたが、明治時代の神仏分離令後に神社に改変されました。神門はその後も随神が安置されず仁王像のままで、秋田県ではこのような神社山門が散見出来ます。
本荘街道・
本陣
・場 所
・秋田県由利本荘市石沢
・建築年
・−
・形 体
・木造平屋建、寄棟、茅葺、平入。
・概 要
・本荘街道の宿場町である石沢宿の本陣で代々猪俣家がその職を担っています。本荘街道は本荘藩主六郷家、場合によっては亀田藩主岩城家が参勤交代で利用しました。街道沿いには長い板塀と身分の高い人物しか利用が許されなかった表門が残され、茅葺屋根の主屋と共に異彩を放っています。
矢越八幡神社(
本殿
)
・場 所
・秋田県由利本荘市矢島町
・建築年
・江戸時代前期
・形 体
・一間社流造、茅葺、正面1間向拝付、素木造。
・文化財
・秋田県指定文化財
・指定日
・昭和28年(1953)
・概 要
・境内は由利十二頭の1人大井氏の居館である根城館跡地で、八幡神社は根城館の鎮守社として勧請されたと思われます。境内周辺には土塁や空堀の跡が残されています。
木境大物忌神社(本殿)
・場 所
・秋田県由利本荘市矢島町城内字木境
・建築年
・明治18年(1885)
・形 体
・木造平屋建、寄棟、茅葺、桁行3間、梁間3間、正面1間向拝付、素木造。
・文化財
・由利本荘市指定文化財・国指定史跡
・指定日
・平成21年(2009)
・概 要
・矢島藩領の鳥海山信仰の中心的な施設で、神仏習合時代は本地仏の薬師如来像を祭る薬師堂(女人堂)と称していましたが、神仏分離令後は大物忌神社に改称しています。
石黒家住宅(
武家屋敷
)
・場 所
・秋田県仙北市角館町表町下丁
・建築年
・江戸時代後期
・形 体
・木造平屋建、寄棟、茅葺、平入。
・文化財
・仙北市指定史跡
・指定日
・昭和50年(1975)8月6日
・概 要
・石黒家は江戸時代に院内銀山に従事し、その後、角館所預りとなった佐竹北家に仕えました。石高150石は角館では家老に準じる格式で陣屋に近い位置に屋敷を構えています。角館に残る地方上級
武家屋敷
の遺構として貴重。
松本家住宅
・場 所
・秋田県仙北市角館町小人町
・建築年
・江戸時代末期
・形 体
・木造平屋建、寄棟、茅葺、平入、桁行14m、梁間11.81m。
・文化財
・秋田県指定文化財
・指定日
・平成14年(2002)3月19日
・概 要
・松本家は久保田藩主佐竹家の重臣今宮家の配下で、今宮家が角館に配された事で田町に移ってきました。その後、佐竹家に仕えた事で現在地である小人町に移っています。
龍源寺(
大名菩提寺
)
・場 所
・秋田県由利本荘市矢島町城内田屋
・建築年
・明治13年(1880)
・形 体
・木造平屋建、寄棟、茅葺、平入、桁行24m、梁間16m、正面1間入母屋向拝付。
・文化財
・国登録有形文化財
・指定日
・平成16年(2004)3月2日
・概 要
・龍源寺は元和9年(1623)に領主である打越氏が菩提寺として創建されました。その後、生駒家が矢島藩主に就任すると生駒家の菩提寺として庇護されています。
天徳寺
・場 所
・秋田県秋田市泉三嶽根
・建築年
・江戸時代初期:貞享4年(1687)
・形 体
・木造平屋建、入母屋、茅葺、平入、桁行29.7m、梁間22.0m
・文化財
・国指定重要文化財
・指定日
・平成2年(1990)3月19日
・概 要
・常陸国の大大名佐竹家の菩提寺で、江戸時代に入り佐竹家が秋田移封に伴い現在に移ってきました。境内には本堂の他、総門、山門(楼門)、霊廟などがあります。
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