静岡県の神社山門1

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静岡県神社山門:一覧

名 称
建築年
内   容
場 所
備 考
・三嶋大社・慶応年間三嶋大社は伊豆諸島の開発神とされる三嶋大明神が勧請された古社で、天武天皇9年(680)に伊豆国が立国した際に伊豆国一宮に選定されたと推定されています。格式が高く、日本文徳天皇実録や日本三代実録、伊豆国神階帳などにも名を連ね、延喜式神名帳では名神大社として記載されています。特に、源頼朝が伊豆に縁が深かった事から崇敬の対象となり、鶴岡八幡宮を参拝してから二所権現と三嶋大社を参拝する事を「二所詣」と定め、この三社を特に庇護しました。江戸時代には参勤交代で東海道を利用する諸大名から崇敬され関東総鎮守、東海随一の名社の異名もあり社運も隆盛しました。・静岡県
・三島市
・大宮町
市指定
・下田八幡神社 下田八幡神社は正応年間に創建した古社で、古くから下田村の産土神、下田郷の総鎮守として信仰されてきました。江戸時代に入ると下田奉行から崇敬庇護されました。例祭である下田太鼓祭りで奉納される太鼓の調べは下田奉行を拝命された今村伝四郎正長が大坂の陣の際に徳川の軍勢の陣太鼓の調べを継承したと伝えられています。・静岡県
・下田市
 
・富士山本宮
・浅間大社
・慶長19年富士山本宮浅間大社は垂仁天皇の勅命により創建した古社です。日本武尊や坂上田村麻呂が社殿を造営し、文徳実録などの古文書にも名を連ねています。富士山本宮浅間大社は延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳では名神大社として記載され駿河国一宮に格付けされています。その後も源頼朝や北条義時、駿河・遠江の守護職今川家、武田信玄、勝頼父子、豊臣秀吉、徳川家康が庇護し社領の安堵や社殿の造営が行われました。江戸時代に入ると幕府が庇護し朱印地1129石3斗6升が安堵されています。江戸時代中期以降、一般庶民にも富士山信仰が浸透すると富士山への登拝は当社の参拝が盛んになり社運も隆盛しました。富士山本宮浅間大社の社殿は国指定重要文化財に指定されています(楼門は静岡県指定文化財)。・静岡県
・富士宮市
県指定
・湊神社 湊神社は延喜式神名帳に名神大社として記載されている角避比古神社の論社の1つで格式の高い古社です。度々震災や大津波などで被害を受け衰微しましたが宝永5年(1708)に現在地に遷座して再興しました。明治時代に1度国幣中社に格付けされましたが、後に解除される事態に陥っています。・静岡県
・湖西市
・新居町
 
・二宮神社 二宮神社は敏達天皇2年に創建した古社で、延喜式神名帳では式内社大神神社として記載され古くから遠江国二宮として広く信仰されてきました。永正14年(1517)に現在地に遷座しています。社宝である飛神曲玉は湖南市指定文化財に指定されています。・静岡県
・湖西市
・新居町
 
・淡海国玉神社 淡海国玉神社が何時頃から祀られていたのかは判りませんが、六国史の1つ日本三大実録におると貞観7年に神階従五位下に列格した事が列記され、平安時代中期に成立した延喜式神名帳にも式内社として記載されていました。遠州国総社とされ、江戸時代中期に成立した「遠江国風土記伝」によると、当初は磐田明神として磐田郡向坂郷に鎮座していましたが、遠江国国府に近い現在地に遷座し総社になったと記載されています。淡海国玉神社社殿(本殿・幣殿・拝殿)は磐田市指定文化財に指定されています。・静岡県
・磐田市
 
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