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 神社山門: 塩釜神社

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塩釜神社

塩釜神社(宮城県塩竈市一森山)

塩釜神社(宮城県塩竈市一森山)

塩釜神社(宮城県塩竈市一森山)

【 概 要 】塩釜神社が何時頃から祀られているのかは不詳ですが古くから格式の高い神社として知られ陸奥国一宮として歴代領主、為政者から崇敬庇護しました(一方、延喜式神名帳には記載されておらず、謎とされます)。中世以前は奥州藤原氏、中世は陸奥国の留守職伊沢氏、江戸時代には仙台藩主伊達家から社領の寄進や社殿の造営が行われました。現在の社殿は4代藩主伊達綱村と5代藩主伊達吉村によって再建されたもので国指定重要文化財に指定されています。

【 場 所 】−宮城県塩竈市一森山

【 構 造 】−入母屋、銅板葺き、三間一戸、八脚楼門・切妻、銅板葺き、一間一戸、四脚門・切妻、銅板葺き、一間一戸(左右脇門付)、四脚門

【 備 考 】−塩釜神社の祭神である塩土老翁神は海幸山幸神話でホオリ(山幸彦)の相談役、先導役、神武東征神話では東に豊かな土地がある事を神武に助言した神として登場した神として知られています。塩釜神社の由緒では塩土老翁神の先導により武甕槌神(常陸国一宮である鹿島神宮の祭神)と経津主神(下総国一宮である香取神宮の祭神)を当地まで導き、両神が去った後も当地に留まり製塩方法や漁業を教えたとしています。塩土老翁神は海の神や、海路の神とされる為、古代では最先端の高度の知識を持つ船舶の先導役という大きく影響力があったのかも知れません。しかし、塩土老翁神は塩釜神社の主祭神であるはずなのに本殿では無く、別宮で祭られている極めて珍しい奉斎方法で、事情を知っている氏子はまず最初に別宮を参拝してから本社(拝殿・本殿)に詣でるそうです。実際は江戸時代中期頃まで武甕槌神と経津主神が主祭神として認識されていたからこそ本殿に祭られていた事が原因で、その後、主祭神を塩土老翁神に変更、又は復した事で現在見られるような形式になったとされます。

一方、江戸時代中期の正徳2年(1712)、大坂の医師寺島良安によって編纂された「和漢三才図絵」によると「陸奥の鹽竃六所大明神 在千賀浦(宮城県塩竈市にある古代の国府津:現在の塩釜港) 祭神一座 味耜高彦根命」とあり、同時期の延宝6年(1678)に塩釜神社に参拝した橘三喜が著した「諸国一宮巡詣記」にも「奥州一宮宮城郡鹽竈大明神高彦根命」と筆している事などから、以前は味耜高彦根命が祭られていた事を示唆しています。又、陸奥の塩釜神社から分霊を勧請した各地の塩釜神社に味耜高彦根命を祭る例も散見出来、塩釜神社と同じく陸奥国一宮を主張する都々古別神社(馬場八槻・石)も味耜高彦根命が祭られている為に、多賀城が築かれ陸奥国府が設置された際、分霊が勧請され塩釜神社が創建されたとの説もあります。日本神社100選

宮城県の神社山門
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