青森県の楼門建築1

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名 称
内   容
場  所
・岩木山神社○岩木山神社は古代から霊山として信仰の対象となっていた岩木山を御神体として創建された古社です。真偽は不詳ですが平安時代初期には津軽まで遠征してきた坂上田村麻呂が戦勝祈願を行い、東夷平定後に神意に感謝し社殿を造営したそうです。歴代領主から崇敬庇護され、特に江戸時代には弘前藩主津軽家により社領400石が与えられ、荘厳な社殿が造営され「奥日光」の異名がありました。神門は寛永5年に造営されたもので入母屋、銅板葺、五間三戸、12脚楼門、外壁は朱塗り、国指定重要文化財に指定されています。

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・青森県
・弘前市
・宗徳寺○宗徳寺は関ヶ原の戦いで散った石田三成縁の寺院です。津軽家は当初、豊臣系の大名で取り次ぎだった石田三成とは関係が深く、2代藩主津軽信枚は三成の娘、辰姫を正室として迎え、津軽為信の嫡男、信建は関ヶ原の戦いで西軍に与し、三成の2男重成を津軽に逃したとされます。宗徳寺はその重成の菩提寺で境内には重成の墓碑が建立されています。山門は入母屋、鉄板葺、三間一戸、八脚楼門。

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・青森県
・弘前市
・長勝寺○長勝寺は享禄元年に大浦光信の菩提を弔うために創建した寺院です。当初は種里城の城内に境内を構えていましたが、弘前城が築城されると、現在地に移され、大浦氏の後裔である津軽家の菩提寺の1つとして江戸時代を通して庇護されました。境内地は弘前城の裏鬼門であると同時に出城としての防衛機能を備える要地で長勝寺が重要視されていた事が窺えます。境内には5棟の津軽家御霊屋など古建築物や津軽家縁の寺宝を多数所有しています。三門は江戸時代初期の建物で入母屋、とち葺、三間一戸、八脚楼門、国指定重要文化財に指定されています。

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・青森県
・弘前市
・大慈寺
・(松館)
○大慈寺(松館)は室町時代中期に根城の城主、南部長経により創建された寺院です。開山者である宝山正弥和尚は安東家との戦いで苦戦していた南部家を勝利に導いた事から根城(遠野)南部氏の菩提寺を任される形となりました。江戸時代初期に根城南部氏は遠野領(岩手県遠野市)に移封になった為、大慈寺も随行し境内は荒廃しましたが、その後、盛岡藩主南部家が再興しました。山門は江戸時代後期に建てられたもので、寄棟、茅葺、三間三戸、八脚楼門(鐘楼門)、青森県県宝に指定されています。

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・青森県
・八戸市
・大慈寺
・(糠塚)
○糠塚の大慈寺は松館の大慈寺の八戸城下の出張寺として創建された寺院です。当初は小規模でしたが、八戸城下の方が利便性が良く参拝者も多くなった事から江戸時代後期に本格的な境内整備が行われ堂宇も造営されました。明治時代中期には糠塚の大慈寺が本寺となっています。山門は江戸時代後期に建てられたもので、入母屋、鉄板葺、三間一戸、八脚楼門、入口上部は琴柱火燈の形式、八戸市指定文化財に指定されています。

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・青森県
・八戸市
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青森県1岩木山神社宗徳寺長勝寺|大慈寺(松館)|大慈寺(糠塚)
青森県2対泉院蓮乗院円覚寺恐山菩提寺大円寺

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