茅葺屋根集落・概要: 茅とは所謂、「ススキ」や「チガヤ」・「稲藁」などの総称で、 河原などに生育し、日本各地で比較的容易に得る事が出来、軽くて保温性が比較的良かった為、縄文時代から屋根材として用いられました。弥生時代以降になると稲藁や自生のススキの他、集落周辺にススキ草原を設けて定期的に刈り入れを行い「茅場」の地名の由来にもなっています。時代が下がると都市部では人口が集中し多くの建物が密集して建てられるようになると、茅葺の最大の弱点である火災に弱い事が問題視され、次第に板葺や瓦葺、更に時代が下がると鉄板葺や建材などに移行していきました。現在残されている大内宿では都市ではないにしろ、茅葺屋根の建物同士がかなり密着し往時の雰囲気が残されている町並みですが、これも大内宿が農山村で「半宿半農」が生業だった事に起因し、同様の経緯を持つ宿場町や小都市は太平洋戦争以前はかなり多くの茅葺屋根集落が見られました。
逆に農山村は都市部に比べると敷地に余裕があり、茅が安易に手に入る材料で生活とも密接な関係にあった事から長き渡り農家建築の主要屋根材として利用され続けました。
しかし、現在は茅自体が手に入り難い御時勢となり、さらに、茅葺の職人不足、過疎化による人手不足となり、新規の茅葺屋根どころか、葺き替えや維持費だけでも費用が嵩み、個人だけの力ではどうにも成らないようになっています。
世界遺産に登録されている白川郷荻町集落や五箇山相倉集落、五箇山菅沼集落をはじめ現在も僅かながらも茅葺屋根集落は残されており、長く保存活用される事が望まれています。
日本三大茅葺集落: 現在は数が少なくなった茅葺屋根集落ですが、 白川郷(岐阜県大野郡白川村)と大内宿(福島県南会津郡下郷町)、美山北集落(京都府南丹市美山町)には良好な民家が密集し、当時の集落景観や、風習が残され日本三大茅葺集落として有名です。白川郷は合掌造りと呼ばれる豪雪という気候風土と、養蚕、硝煙といった生業、大家族制度という独自な家族制度から発展した独特な形式を持つ民家で形成された集落です。白川郷で茅の葺き替えなどは、「結」や「合力」と呼ばれる集落の住民達が共同労働としてお互いを助け合う慣習があり、数十年に一度持ち回りのように行われ、結果的に茅葺屋根集落の景観が維持され、世界でも類例がない稀少な集落として国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されると共にユネスコの世界遺産に登録されています。現在は有名な観光地としても知られ多くの観光客が訪れています。
大内宿は会津西街道(下野街道:会津城下から今市宿まで)の宿場町として発展し、街道沿いの多くの民家が茅葺屋根で構成される現在では日本中で大内宿でしかない景観が見られます。大内宿は一般的に見られる宿場町で見られるような町屋建築とは異なり半宿半農の生活だった為、街道側は旅籠建築のように客間が配され、背後は農家建築に近く土間の作業空間が設けられた形式となっています。当時の宿場町がそっくり残されている稀有な存在で、観光地としても整備されています。
美山北集落は山村集落で、南側の傾斜にそって茅葺屋根の民家が並んでいる為、屋根同士が折り重なって見える独特の景観が見られます。美山北集落には特に「北山型」と呼ばれる民家形式を採用され、間取りなどが特徴を持っています。上記の2つの集落よりは観光地化されていない為、静に散策する事が出来ます。
有名な茅葺屋根集落一覧
・手這坂集落−桃源郷(菅江真澄縁)−秋田県八峰町手這坂
・大内宿−重要伝統的建造物群保存地区−福島県下郷町大内(大内宿の構成要素)
・前沢集落−重要伝統的建造物群保存地区−福島県南会津町前沢
・荻ノ島集落−茅葺環状集落−新潟県柏崎市荻ノ島
・小白倉集落−農林水産大臣賞−新潟県十日町市小白倉
・青鬼集落−重要伝統的建造物群保存地区・日本棚田百選−長野県白馬村青鬼
・五箇山相倉(茅葺合掌造)集落−重伝建地区・世界遺産−富山県南砺市相倉
・五箇山菅沼(茅葺合掌造)集落−重伝建地区・世界遺産−富山県南砺市菅沼
・白川郷荻町(茅葺合掌造)集落−重伝建地区・世界遺産−岐阜県白川村荻町
・塩山下小田原上条集落−重要伝統的建造物群保存地区−山梨県甲州市塩山
・在原集落−平安時代の歌人、在原業平縁の地−滋賀県高島市在原
・美山北集落(かやぶきの里)−重要伝統的建造物群保存地区−京都府美山町北
・板取宿−北国街道宿場町−福井県南越前町板取
・うきは市新川田篭−重要伝統的建造物群保存地区−福岡県うきは市
◎-茅葺屋根で構成され国指定重要文化財に指定されている建物一覧表
◎-茅葺屋根建築の項目別一覧表
◎-茅葺屋根集落で伝統的建造物群保存地区に選定されている集落一覧表
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