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 神社山門: 比志神社

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比志神社

比志神社(山梨県北杜市須玉町)
【 概 要 】−比志神社は何時頃から信仰されたのかは不詳ですが、平安時代に記録された「日本三代実録」にその名が見られる古社です。現在の本殿は室町時代に建てられたもので山梨県指定文化財、御神木である大杉は山梨県指定天然記念物に指定されています。

【 場 所 】山梨県北杜市須玉町比志

【 構 造 】−入母屋、鉄板葺き、三間一戸、八脚単層門

【 備 考 】−比志神社の旧境内地は現在の城山山頂付近とされます。城山は甲州と信州を繋ぐ小尾街道を眼下に納め、その山容は神奈備型である事から地域の人々の素朴な信仰が発生起源と思われます。中世に入ると武田家の家臣で領主と思われる日向大和守が庇護したと思われ、戦国時代に城山に比志城を築いた際に現在地に遷されたと推定されます。日向大和守は武田家の侍大将として深志城(後の松本城)の城代や信濃国大島城の在番などを歴任し多くの戦にも従軍している事から有力家臣として知られた存在でした。大永8年(1528)に本殿が再建するにあたっては大旦那として当主と思われる日向是吉の他、母牛御、妻、子息虎忠、被官などが尽力した事が軒札によって明らかで、棟梁は飛騨の匠、木曽産の木材を利用している事からも当時の武田家の威光が感じられます。又、城山の麓に境内を構える白龍山徳泉寺には一族と思われる日向大和守兼繁(法名:徳泉寺殿華屋宗栄大居士)の供養塔が建立されており当地域と日向家との関係性が窺えます(因みに日向是吉の一族は山梨県北杜市高根町村山北割に境内を構える光村寺が菩提寺となっています)。

現在の比志神社の境内は室町時代後期以降に神域として守られてきた為、大木古木が多く所謂「鎮守の森」を形成し、それなりの規模を有していますが、このページを纏めるあたり疑問を感じました。城郭に築く際、城域と境内が重なる場合、神社が遷される例は見てきましたが、多くは城内に再び戻され城の鎮守社になったり、麓に下ろして山頂(旧境内)との関係性を維持させたり、城下町の北側に遷座し守護神、北東に遷座し鬼門鎮護、南西に遷座し裏鬼門鎮護となるなど何らかな意味がある場合が見られるのですが、比志神社の場合はそれらに該当しなく、何故、この場所に遷座したのか不思議でした。そこで、社殿の方向を延長してみると、瑞牆山のある方角を指示しているような印象を受けました。そこから推察すると、日向氏は領内の霊山である瑞牆山を信仰し、比志神社をその遥拝所として位置づけ、当地に遷座したと考える事が出来ます。

山梨県の神社山門
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