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 神社山門: 中牧神社

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中牧神社

中牧神社(山梨県山梨市牧丘町)
【 概 要 】−中牧神社は景行天皇40年(110)に日本武尊が当時の甲斐国造である塩海足尼に命じて創建した古社です。当地域の総鎮守として信仰され歴代領主からも庇護されました。現在の本殿は室町時代中期に建てられたもので国指定重要文化財に指定されています。

【 場 所 】山梨県山梨市牧丘町千野々宮

【 構 造 】−切妻、桟瓦葺き、三間一戸、八脚単層門

【 備 考 】−中牧神社は元々、茅野々宮と呼ばれ加美ノ郷で最も霊験の高い神社として知られていたようです。ただし、明確な確証は無く、山梨県神社庁のサイトにも創建時の様子以外の歴史的事象は記されていませんでした。その創建にも実在説と架空説の両説ある日本武尊が登場するなど後年に創作された由緒が元になっているようで、実在し記紀を素直に読み取れば2世紀の人物、事象を鑑みれば4世紀から5世紀頃の人物と考えます。甲斐国の国造とされる塩海足尼も謎の人物で先代旧事本紀巻第十 国造本紀の甲斐国造の条で「景行朝の御世に、狭穂彦王の三世孫の臣知津彦公と、その子の塩海足尼を国造に定められた。」とあり、全く架空な人物ではないとは言い切れない存在ではあります。しかし、この先代旧事本紀も一部資料的な価値があるとされているものの全体的に見ると平安時代に制作された偽書とする説が有力な為、扱いは慎重にしなければいけません。一方、古事記で日本武尊が酒折宮で、連歌の相手をして東国造に任命された焚き火番の老人や、同じく日本書紀で日本武尊が酒折宮で、連歌の相手をして褒美をもらった秉燭者が塩海足尼とする説があります。塩海足尼が創建に関わったと伝わる神社は中牧神社の他、酒折宮や美和神社、宮原浅間神社などがあり、下部温泉を発見したという伝承も残されています。

山梨県の神社山門
冨士御室浅間神社八幡穂見神社北口本宮冨士浅間神社忍野浅間神社菅田天神社武田八幡宮
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金井加里神社穴切大神社大嶽山那賀都神社中牧神社大井俣窪八幡神社熱那神社
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